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トンボの翅脈の勉強

先日、文化祭の準備に近くの山を歩いた時に、小さなトンボを見つけました。調べてみると、ヒメアカネ♂らしいことがわかったのですが、ついでにいろいろと勉強してみようと思って、先日、各部を調べてみました。その続きで今回は翅脈です。



調べたのはこんなトンボです。翅脈がはっきりしていて、また、トンボは化石にも多く出るので、かなり体系的になっていて分かりやすいかなと思っていたのですが、意外に難しい問題を含んでいました。





「新訂原色昆虫大図鑑III」には翅脈の図が出ているので、それを参考にして名称をつけてみました。上が前翅、下が後翅です。トンボは前翅と後翅の翅脈は基本的に同じですが、このトンボでは後翅の方が幅広くなっています。こういう種は不均翅亜目という仲間になります。いろいろな記号が出てきますが、C:前縁脈、Sc:亜前縁脈、R:径脈、M:中脈、Cu:肘脈、A:肛脈の6つが主要な脈になります。CとScを対に考え、残りのR、M、Cuはそれぞれ途中で2分岐して対になると考えます。これはちょうど扇子のように折りたたんだときに、凸と凹が交互になり、うまく折りたためるようになっているからです。Aについては2-3本あって、通常はいずれも凸で翅の後端で翅の強度を持たせる役目を持っています。

そのほかの記号はIRは径挟脈で、翅端で脈がさらに分かれたときに、凹凸のつじつまを合わせるために入っています。また、語尾にsplが付くのは枝補脈でこれも強度を持たせるために入っているのではと思います。さらに、語尾につくAとPは1対の脈の前脈と後脈を表しています。そのほか、トンボ独特の記号として、B:橋脈、Arc:弧脈、N:結節、Sn:亜結節、Ac:肛横脈、O:斜脈、An:結節前横脈、Pn:結節後横脈、t:三角室、spt:上三角室、d:中室域、al:肛絡室などがあります。

実際に翅脈に名前を付けていくと、いくつかの疑問が出てきました。まず、Mには前脈だけ、Cuには後脈だけ。それぞれ対になった脈はどうしたのだろう。それから、A脈付近は複雑で翅脈をどう選んでよいのか分かりません。それで、いつものように文献を探してみました。文献リストは後に載せていますが、翅脈を調べるときにバイブルとなるのはComstockの本[8]です。それを見て驚きました。名前の付け方がまるで違うのです。


Comstockの本に載っている翅脈を系統別に色分けして描いてみました。つまり、Cは色なし、Scは緑、Rは赤、Mは黄、Cuは青、Aは黒です。もっとも驚いたのは、赤色で描いたRs脈が黄色で描いたM1とM2をまたいでいる点です。この翅脈相はもともとNeedham (1903) [1]の説に依っています。ただ、論文では説明が少なくてよく分からなかったので、Tillyard (1917) [3]を参考にして描いたところがあります(後翅のCu2や前後翅のAの辺り)。NeedhamとTillyardの説は若干違うのですが、大きくは違わないので、両者が混じったようなモデルになっていることをご了承下さい。

翅脈相を調べるときには、次の3つの方法がよく取られます。一つは個体発生の過程を調べることで、トンボでいえば、ヤゴの時のできかけの翅を調べることです。二つ目は近縁種を調べていくことで、トンボでいえば、カゲロウ目や原始的なトンボを調べていくことです。三つ目は化石で見られる始原的なトンボを調べていくことで、進化の過程で、翅脈がどう変化していったかを調べていく方法です。Needhamはこの一番目の方法を採用しました。


Reproduced from [1] J. G. Needham, "A genealogic study of dragonfly wing venation", Proc. U.S. Natl. Mus. 26, 703 (1903).

これはNeedhamの論文に載っていたサナエトンボ科のヤゴの翅に見られる気管の分布を表しています。気管は翅脈の中を走るので、翅脈ができる前の気管を調べると、どの脈とどの脈が関係しているかを判断できるという理屈になっています。この図にNeedhamの方式で名称を入れてみました。ここで気になるのは、①のRs脈がM脈をまたぐというところ、②の翅基部でR脈とM脈が分離するあたり、それに③で示したA脈の付近です。


Reproduced from [1] J. G. Needham, "A genealogic study of dragonfly wing venation", Proc. U.S. Natl. Mus. 26, 703 (1903).

まず、①のRs脈がM脈をまたぐというところですが、この図はその部分を拡大したもので、Needhamの論文からとりったものです。この図を見るとRs脈がM脈が交差しているのはかなり確かそうな気がします。



実際に今回のトンボでその部分を調べてみました。黒矢印の部分が交差する部分なのですが、Rs脈はM1-2脈の下側を通っている感じはしますが、特にほかの脈を比較して大きな違いは見られませんでした。やはり出来上がった翅脈で判断するのは難しそうです。

次は②の部分を見てみます。



まず、R脈とM脈の基部を見てみました。両者は融合しているわけではなく、2本の脈がくっついた状態になっていることがこの写真でも分かります。Arcが分岐する部分でRとMの二つの脈が融合して、R脈もArcを通るとすると最初にお見せした「新訂昆虫大図鑑III」の方式になり、RとMが融合していないとすると、M脈だけがここで分岐するので、Needhamの方式になるはずです。それで、その部分を見てみました。



あまりはっきりしたことは分からないのですが、R+M脈の右端では2本見えるのですが、分岐するところでは融合しているようにも見えます。ただ、先ほどの気管の図を見ると、R脈とM脈は空間的に明確に分離しているので、気管の分布からはあまり疑問をもつ余地はなさそうです。


Reproduced from [2] J. G. Needham, "Prodrome for a Manual of the Dragonflies of North America, with Extended Comments on Wing Venation Systems", Trans. Am. Entomol. Soc. 77, 21 (1951).

次は③に関する点です。これはアメリカギンヤンマの亜終齢幼虫の前後翅の気管の分布図で、やはりNeedhamの論文から転載しました。前翅の黒矢印の部分を見ると、Cu脈とA脈がくっつき、Ac脈のところでA脈が分岐している様子が分かります。これがNeedhamの方式で描かれた上の絵に反映されています。また、この写真では気管と同時に、できかけの翅脈も見えています。両者はほぼ一致しているように見えます。


Reproduced from [1] J. G. Needham, "A genealogic study of dragonfly wing venation", Proc. U.S. Natl. Mus. 26, 703 (1903).

これはA脈の付近の気管を示したもので、やはりNeedhamの論文の図です。黒矢印で示したようにA1脈が途中で曲がってループ状になっています。これが最終的に肛絡室(al)につながります。Cu2脈の枝脈も黒矢印に示すようにやはりループを作っています。後者のループは別の名称(al')で呼ばれることもあるようですが、これらを一緒に合わせてal(肛絡室)と呼んでいるみたいです[1]。この形がトンボの種類によって異なるので、分類にも用いられています。

このように気管で考えると、翅脈の同定は明確みたいですが、ここに若干問題があります。それは気管が伸びた後に翅脈ができていくので、必ずしも気管の発達通りに翅脈ができるわけではないということです。例えば、横脈には気管は入らないこともありますし、2本の気管が若干離れていても、翅脈が融合する場合には一緒の翅脈に入ってしまうこともあるからです。ただし、先ほども述べたようたように、気管の写真を見ると、もうすでに翅脈が見えてきていて、ほぼ同じところを気管が走っているようにも見えます。もう少し詳しく調べると、この辺は分かるようになるかもしれません。

Needhamの説はしばらく信じられていたのですが、Rs脈がM脈を交差するところは近縁種にもまったく見られず、そのために批判も多く出されたようです。Tillyardは初め、Needhamの説の改良版を主張していたのですが、あるとき、化石に見られるトンボの翅脈を調べてから急に意見を変えてしまいました[4-6]。この辺の事情は文献[2]に載っていました。Needhamによれば、Tillyardの調べた化石はかなり特殊なトンボで、そのトンボで翅脈の交差が見られなかったからと言って、現存のトンボでも見られないはずだというのはかなり乱暴な主張だったようです。実際に、このため、本来あるはずのM脈やCu脈が共に対ではなくなってしまったところなどにひずみが残ります。また、NeedhamやTillyard自身が実際に観察した気管と翅脈との関係をどのように説明していくのか、その辺りの説明もありません。でも、ともかく、このTillyardの説が現在では一般的に信じられるようになってしまいました。



文献[6]に載っている図をもとにして、Tillyardの説に基づいて、今回のトンボで翅脈の色分けをしたものがこの図です。緑、赤、黄、青、黒と順に並ぶので素直な感じがするのですが、どうもすっきりとはしない気持ちです。この後にも、例えば、Riekら[7]のように化石をもとにした翅脈の解釈の論文も出ていますが、先ほどのTillyardの説が現在でも一般的なようです。

このほかにも翅基部の解釈もよく分かりませんでした。通常、各翅脈の基部は腋翅骨という硬化した骨状の関節が連なるのですが、気管の写真で見ると、1つの大きな翅骨から出ているような印象を受けます。それについてはまた今度書くことにします。

[1] J. G. Needham, "A genealogic study of dragonfly wing venation", Proc. U.S. Natl. Mus. 26, 703 (1903).(ここからダウンロードできます)
[2] J. G. Needham, "Prodrome for a Manual of the Dragonflies of North America, with Extended Comments on Wing Venation Systems", Trans. Am. Entomol. Soc. 77, 21 (1951).(JSTORに登録するとここで読むことができます)
[3] R. J. Tillyard, "The biology of dragonflies", Cambridge University Press, Cambridge (1917).(ここからダウンロードできます)
[4] R. J. Tillyard, "A reclassification of the order Odonata based on some new interpretations of the venation of the dragonfly wing", Aust. Zool. 9, 125 (1937).(ここからダウンロードできます)
[5] R. J. Tillyard, "A reclassification of the order Odonata based on some new interpretations of the venation of the dragonfly wing. Part II. The Suborders Zygoptera (continued), and Protanisoptera", Aust. Zool. 9, 195 (1939).(ここからダウンロードできます)
[6] R. J. Tillyard, "A reclassification of the order Odonata based on some new interpretations of the venation of the dragonfly wing. Part III. Suborder Anisozygoptera", Aust. Zool. 9, 359 (1940).(ここからダウンロードできます)
[7] E. F. Riek and J. Kukalova-Peck, "A new interpretation of dragonfly wing venation based upon Early Upper Carboniferous fossils from Argentina (Insecta: Odonatoidea) and basic character states in pterygote wings", Can. J. Zool. 62, 1150 (1984).(ここからダウンロードできます)
[8] J. H. Comstock, "The Wings of Insects", The Comstock Publishing Company (1918). (ここからダウンロードできます)
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