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虫を調べる ハナアブ科Cheilosia属♂?

最近は雨が多くて、虫探しにいけなくて困っています。やむをえず、以前採集して冷凍庫に入れていた虫を少しずつ取り出しては調べています。今回は6月14日に採集したハナアブらしい個体です。



記録を見ると、これはいつもの公園ではなく、田植え体験をしていた山裾の用水路脇で見つけたものです。雰囲気、ハナアブ科だと思ったのですが、それ以上は分からないので、採集していました。翅脈を見ると、ハナアブ科は確かそうなので、いつものMND(Manual of Nearctic Diptera Vol. 2;ここからダウンロードできます)で調べてみました。この本にはハエ目のいろいろな科についての検索表と豊富な絵が載っていてとても重宝しています。この中のハナアブ科の属への検索表を使って調べてみました。



まずは全体像です。体はほとんど黒いのですが、脚は黄色で、後脚腿節の先端近くと、跗節が黒くなっています。体が曲がっているので、体に沿って体長を測ってみました。すると、6.8mmになりました。また、最初の写真から左右の複眼が中央で接しているので♂のようです。MNDの検索表で調べて、紆余曲折した結果、Cheilosia属になりました。





この13項目を調べるとCheilosiaであることが確かめられるのですが、一つずつの項目が長いので意外に大変でした。(こんなことを書いていたら、スマホがけたたましい音を出して緊急速報を知らせました。家のすぐ近くまで避難準備が出たようです)いつものように赤字は確かめられなかったところで、青字は記述と違うところです。検索の順に見ていくとややこしいので、部位別に見ていくことにします。



これは背側からの写真です。特に見るところはないのですが、⑩の「点刻状」とは何でしょうね。一応、"Body not punctate"を訳したつもりだったのですが・・・。



このハナアブの顔面は非常に特徴的です。まるで仮面をかぶっているみたいです。⑧は顔面の前縁が中央で窪んでいるように見えるところを指しているのだと思います。また、前額ー顴溝は矢印で示した部分だと思います。「顴」という字は見たことがなかったのですが、「原色昆虫大図鑑III」のハエ目には載っていました。辞書で調べると、「かん」と呼んで、頬骨を意味するようです。以前、昆虫の頭の構造について書いたことがあったのですが、たぶん、at(anterior tentorial pit)と呼ぶ孔のことを指しているのだと思います。これが孔ではなくて溝になっているということでしょうね。⑬はその通りです。



⑫もだいぶ迷いました。原文には顔面はtuberculateとなっていて、辞書で引くと「結節がある」という意味になっています。しかし、対抗する項目を見ると"without a tubercle"となっています。tubercleは辞書で引くと隆起となっています。たぶん、日本語への訳し方だと思うのですが、⑫を「顔面は隆起する」と訳すと、黒矢印で示した部分に隆起が見られます。また、下縁は突出しないというのは赤矢印の部分が飛び出していないことを指しているのだと思います。これで⑫もOKとしました。



次は複眼の毛についてです。これが写真には撮りにくい。まず、左側と右側でもさもさ生えている部分は前額と単眼三角板の部分です。黒矢印ところを見ると微かに毛が生えていることが分かります。



それで複眼の部分を拡大してみました。すると個眼と個眼の間の黄矢印で示した部分に三つに分かれた黒い筋が見えます。これが毛のある場所です。照明を三方から当てているので、その影が黒く写っていると思われます。個眼と個眼の間にすべてあるわけではなくて、こんな風に飛び飛びに生えています。



次は触角の拡大です。②はOKです。④については触角刺毛には軟毛が生えていますが、それほど長い毛ではありません。⑦の柄節についてはこの写真ではよく分からないのですが、それほど長いわけではなさそうです。また、第1鞭小節は長円形みたいです。



次は胸部側面の写真です。後で出てくる後前胸背板と上前側板の位置を示しました。



後前胸背板の付近を拡大しました。よく見ると、毛の生えていることが分かります。また、外からその部分が見えていることも分かります。この項目はヒラタアブ亜科か、アリノスアブ亜科・ハナアブ亜科かを分ける重要なポイントです。



上前側板は前半部と後半部に分かれ、前半部は平坦で無毛、後半部はやや隆起して有毛であることが分かります。これで⑦、⑩、⑫はOKです。



これは小盾板を撮ったのですが、⑧と⑫は何のことかあまりよく分かりませんでした。ただ、とにかく縁取りなどがなくて、周囲は滑らかに湾曲しているので、たぶん、OKだろうと思いました。



次は翅脈です。③と⑦はOKです。⑨はM1脈が途中二か所で直角近くに曲がらず、⑨↑で示した部分がほぼ直角であることを確かめたらOKです。⑬はr-m横脈がdm室の基部側で交わっていることを見ます。



⑤と⑨はたぶんOKでしょう。⑬については脚は黄色で黒くはないのですが、項目が「たいてい」なのでOKとしました。



腹部背板の節はどれが1なのかよく分からなかったのですが、MNDの絵を見て基部の部分を1としました。第2節が長くて途中でくびれている感じがします。



その部分を拡大してみます。黄矢印で示すように少しくびれているだけで、節の境にはなっていないようです。それで、上の①はOKとしました。



後胸腹板の付近には特に異常は見られないので、⑥はOK。⑦にある後基節橋がどこにあるのかよく分かりませんでした。ということで、ほとんどすべての項目を確かめたので、たぶん、Cheilosia属でよいのだろうと考えています。ただ、この属に属する種は大変多く、「日本産昆虫目録第8巻」でも62種が載せられています。種までは検索表なしではとても到達できそうにありません。

いつもお世話になっている「ハナアブの世界」のハナアブ写真集をみると、Cheilosiaは複眼が無毛のグループA、複眼も顔面も有毛のグループB,複眼有毛、顔面無毛のグループCに分けられています。この範疇だとこの個体はグループCになります。この写真集に載っている種のうち、脚の色を基準に比べてみると、ニッコウクロハナアブCheilosia nikkoensisというのが一番似ています。この種は「日本産昆虫目録第8巻」によると、命名者がShiraki 1930となっているので、その記載論文を探してみました。

T. Shiraki, "Die Syrphiden des Japanischen Kaiserreichs, mit Berucksichtigung benachbarter Gebiete", Mem. Fac. Sci. Agric. Taihoku Imp. Univ. Vol. I (1930). (ここからダウンロードできます)

原文はドイツ語なのでよく分からないですが、C. nikkoensisについては♀について記載されていました。その顔面の絵も出ていたのですが、上の写真で見たような仮面をかぶったような姿をしていました。たぶん、これではないかなと期待半分で思っています。「日本産昆虫目録第8巻」によると、本州での分布は山形、栃木、京都と限られているのですが、京都が載っているので、大阪も可能性はあるかなと思っています。当たらずと言えども遠からずならよいのですけど。

追記2018/07/12:フトツリアブさんから、「後基節橋は後脚転節と第1腹板との間にあります.斜め後ろ下から見ます(MNDの図79-80参照).写真のCheilosiaは亜高山帯に分布するC. nikkoensisではなく,C.albipesに近縁な不明種です.触角や脚の色の違いが,地域変異や個体差なのか種差なのかわかっていません.日本のCheilosia属は既知種の整理がついていないので,上手く使える検索表が出来ていません.」というコメントをいただきました。後基節橋、分かりました!MNDに絵が載っていたのですね。早速、調べてみます。どうも有難うございました。nikkoensisは亜高山帯ですか。albipesについてははまったく知らないのですが、ネットで調べてみると、農研機構にHolotypeの写真が載っていました。
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/inventory/insect/dbdiptera/c_albipes.htm
顔面の隆起とか、脚の色などは似ている感じですが、それ以上はよく分かりません。ネットで文献を探してみたのですが、それも見つかりません。Cheilosiaもなかなか大変な世界のようですね

追記2018/07/12:後基節橋がありそうな部分の写真を撮ってみました。
でも、膜質が見えるだけで、橋らしいものは見えませんでした。この種ではないのかもしれません
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No title

後基節橋は後脚転節と第1腹板との間にあります.斜め後ろ下から見ます(MNDの図79-80参照).
写真のCheilosiaは亜高山帯に分布するC. nikkoensisではなく,C.albipesに近縁な不明種です.触角や脚の色の違いが,地域変異や個体差なのか種差なのかわかっていません.
日本のCheilosia属は既知種の整理がついていないので,上手く使える検索表が出来ていません.

No title

フトツリアブさん、コメント有難うございました。

後基節橋、分かりました!MNDに絵が載っていたのですね。早速、調べてみます。どうも有難うございました。

nikkoensisは亜高山帯ですか。albipesについてははまったく知らないのですが、ネットで調べてみると、農研機構にHolotypeの写真が載っていました。
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/inventory/insect/dbdiptera/c_albipes.htm
顔面の隆起とか、脚の色などは似ている感じですが、それ以上はよく分かりません。ネットで文献を探してみたのですが、それも見つかりません。Cheilosiaもなかなか大変な世界のようですね。
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