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蝶・蛾の口吻の伸びる仕組み 続き

蝶や蛾の口吻がどのような仕組みで伸びるのかということを少し調べてみました。前回は口吻が内部にある筋肉の働きにより変形することによって、巻いていた口吻がほどけていくというEasthamとEassaの説を紹介し、さらに、その説を否定するBänzigerの論文を紹介しました。今日は最近の考え方を紹介したいと思います。

論文をすべて見ているわけではないので、これから紹介する仕組みが主流なのかどうかは分かりませんが、最近はウィーン大学のKrenn教授が精力的に研究しているようです。

H. W. Krenn, "Proboscis musculature in the butterfly Vanessa cardui (Nymphalidae, Lepidoptera): settling the proboscis recoiling controversy", Acta Zoologica (Stockholm) 81, 259 (2000). (ここからダウンロードできます)
H. W. Krenn, J. D. Plant, and N. U. Szucsich, "Mouthparts of flower-visiting insects", Arthropod Structure & Development 34, 1 (2005).  (ここからpdfが直接ダウンロードできます)
H. W. Krenn, "Feeding Mechanisms of Adult Lepidoptera: Structure, Function, and Evolution of the Mouthparts", Annu. Rev. Entomol. 55, 307 (2010).  (ここからダウンロードできます)

いくつか論文を出しているのですが、そのうち、代表的な論文を3つ紹介します。いずれもフリーでダウンロードできます。最初の論文は口吻が固く巻くときに筋肉が作用しているということを示した論文、2つ目は花を訪れる虫の口器のレビュー、3つ目もチョウ目の口器の働きや構造のレビューです。パラパラと読んでみると、Krennの考えは次の図のようにまとめることができます。



まず、口吻を1)固く巻いた状態、2)ゆるく巻いた状態、3)伸びた状態の3つの状態に分けます。その間に働く仕組みをまとめてみたものです。いくつか専門用語が出てくるので、図で説明することにします。


(H. W. Krenn, Annu. Rev. Entomol. 55, 307 (2010)より一部改変して転載)

原図を手書きでスケッチしたものです。まず、これは口吻の渦巻きがほどけて伸びていくとき(左)とゆるく巻いていくとき(右)を表しています。黄色く色を付けたものは筋肉です。口吻の中にはintrinsic galeal muscle (IGM)という筋肉が口吻に沿ってついています。また、口吻の基部にはbasal galeal muscle (BGM)という筋肉がついています。この基部の部分を拡大したものが次の図です。



(H. W. Krenn, Acta Zoologica (Stockholm) 81, 259 (2000)より一部改変して転載)

基部にあるBGMはproximal basal muscleとdistal basal muscleという互いに拮抗する二つの筋肉に分けられます。proximalは近傍、distalは遠方を意味します。また、IGMは昨日も出てきた斜走筋の総称で、primary oblique muscle(第1斜走筋)とsecondary oblique muscle(第2斜走筋)という拮抗する二つの筋肉に分けられます。口吻の入り口にはstipes valveという弁がついています。stipesは茎という意味なのですが、どう訳していいのか分からないのでそのままにしておきます。図にはないのですが、この奥にはstipes tubeという体液を入れておく場所があります。このstipes valveを動かすためにいくつかの筋肉がついています。

それでは一番最初の図に戻ります。まず、蝶の口吻がゆるく巻いている状態から伸びていく過程を考えます。このときは口吻の中に頭部からstipes tubeを通って体液が流れ込みます。そのとき、stipes valveという弁は開いていて体液を通します。そして、一定量が口吻内に入れられると弁は閉じて、再び、stipes tubeに体液がため込まれます。そして、溜まったら弁が開いて、また体液が口吻内に流入するというように、何段階かを経て体液が流入され、口吻が伸びていきます。つまり、おもちゃの「吹き戻し」を息継ぎをしながら吹くのと同じ原理ですね。このとき、口吻の断面を観察すると、EasthamとEassaが見つけたように口吻の断面は山型に湾曲するように変形していたそうです。たしかに、金属製の巻き尺を見ても、断面は少し山型に湾曲していますね。こういう変形が必要なのかもしれません。

こうやって口吻は体液の圧力だけで伸びていくので、筋肉の働きは必要ありません。これはどうやって確かめたかというと、Krennは口吻を一部だけを瞬間冷凍して筋肉が動かなくしても口吻は伸びるという実験をしています。逆に口吻が巻いていくときも、筋肉の働きがいらないのはこの同じ実験で分かります。つまりもともとゆるく巻いた状態で作られた構造なので、それを無理にまっすぐ伸ばしても、その力がなくなるともとの構造に戻っていくのです。これを上の図ではバネの力と書いてあります。この時、口吻内の体液は頭部に戻らないといけないので、弁は開いた状態になります。

ここからさらに固く巻いた状態に進むには筋肉の力が必要です。まず、口吻内に分布しているIGMが収縮することにより口吻は固く巻きつけられます。さらに、口吻入り口にあるBGMという筋肉で口吻は少し上に持ち上げられロックされます。こうして固く巻いた状態が作られます。これを緩めるときは、これらの筋肉を緩めることでできます。まず、BGMを緩めてロックを解きます。さらに、IGMを緩めてゆるく巻いた状態になるのです。先ほどの口吻の一部を瞬間冷凍する実験でも、ゆるく巻きつけるところまでは進むのですが、固く巻いた状態には進まなかったことからも、この過程に筋肉が働いていることが確かめられます。

このように口吻が巻いたりほどけたりする過程には、体液の流入、バネの力、それに、口吻を固く固定するための筋肉が必要ということになります。



これで口吻の巻きほどきについての説明は終わったのですが、最後に上の写真のknee bendについて一言。EasthamとEassaはこの曲がる部分には特別な筋肉が存在すると書いているようですが、Krennが調べたチョウでは特にそのような筋肉はなかったということです。したがって、蝶の種類によって構造が違っていて、特別な筋肉のない場合にはバネの力がここだけ弱くなっていると考えているようです。

このknee bendがないと口吻は「吹き戻し」というおもちゃのようにまっすぐ伸びてしまうので、蜜を吸うときには体ごと動かさなければならず、大変不便です。ここで曲がるので、体はじっとしていても口吻の先をあちこち動かすだけで蜜を吸えるようになるのです。このとき、口吻を上下に動かすときは先ほど口吻をロックするときに用いたproximal basal muscleを使い、前後に動かすときはknee bendの部分のIGM筋肉を動かし、さらに、口吻の伸縮は体液の圧力を変化させて行うなど、微妙な動きを作りだしているようです。
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No title

ホースに勢いよく水を入れれば、ぴんっと張ることで伸ばしているんですね。
自分が不思議に思うのは口吻が非常に長い蛾のことです。結構な力が必要なんでしょうね。
とても昆虫は面白いです!

No title

内容が難しかったのに、よく理解されましたね。そうです。水をいれてホースがピンとするのと同じ原理だそうです。口吻の長いスズメガなどを調べてはいないのですが、特にそのことが書かれていないので、たぶん、同じ原理で伸びると考えているのではないかと思います。口吻の根元に小さなポンプがあって、それで少しずつ体液を送りながら、口吻を伸ばしていくので、スズメガなどは少し時間がかかるかもしれません。そんな観察をしてみると面白いですね。
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