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ヨコバイの翅脈

この間、マダラヨコバイらしい個体の写真を撮ったのですが、ついでだから翅脈に名前を付けておこうと思って文献を調べてみました。でも、これが失敗のもと。まったく混とんとしています。現在のところ、どれがもっとも妥当なのかさっぱりわからない状態なのですが、とりあえず、今までに分かったところを少しまとめておこうと思って書いてみます。



マダラヨコバイらしい個体というのはこのヨコバイです。普通に翅脈が走っているし、その名前を付けるのは何も問題なさそうです。ところが、文献により名前の付け方がまちまちなのです。文献の図をコピーすればよいのですが、著作権の問題があるし、扱う種類が違えば、当然、脈も異なるので、同じ翅脈で比較してみようと思って、モデル的な前翅翅脈で比較してみました。それらしく名前を付けていますが、私の独断でやっていますので、間違っているところも多いと思います。そのつもりで見て下さい。



前翅翅脈の名称を調べようと思って、まず、最初に見るのは「新訂 原色昆虫大図鑑」です。また、ヨコバイの場合は「九州でよくみられるウンカ・ヨコバイ・キジラミ類図鑑」という本もあります。ここに載っている翅脈の名称を今回のモデル翅脈に当てはめてみました。この二つの本は基本的に同じで、赤字で書いてある分が、前者が後者に追加、変更している部分です。翅室の呼び方などはヨコバイならではの独特な感じがします。また、前翅の下には爪状部があって、その間には爪状部線(cs)という折り目が付いています。さらに、左下には付属片(apx)というのがあります。こんなところが特徴でしょうか。翅脈についてみると、実は、R、M、Cuなど翅脈の基部の部分だけが書かれて末端まで書かれていません。そこで、別の文献も探してみました。



この図は次の文献に載っていた翅脈の名称を今回のモデル翅脈に適用したものです。

W. J. Le Quesne and K. R. Payne, "Cicadellidae (Typhlocybinae) with a Check List of the British Auchenorhyncha (Hemiptera, Homoptera)", Handbooks for the Identification of Britsh Insects Vol. II, Part 2(c) (1981). (ここからダウンロードできます)

やはり末端の翅脈は載っていません。基本的には「大図鑑」と同じなのですが、前縁の脈がSc脈になっていて、R脈とSc脈を結ぶ部分がScTという横脈になっています。



この翅脈は次の論文に載っていたものです。もともとはロシア語だったものを英訳したもののようです。

A. F. Emel'yanov, "The phylogeny of the Cicadina (Homoptera, Cicadina) based on comparative morphological data", Trudy Vsesoyuznogo Entomologischeskogo Obshchestva 69, 19 (1987). (ここからpdfがダウンロードできます) 注:カッコ内にpdfと書いてあるのは直接pdfを読みに行きます。ご注意ください。

この名称の付け方にはいくつか特徴があります。まず、前縁がC脈になっていること、2番目の脈がSc+R脈となっていて、C脈の間をつなぐ脈をその分枝(ScRA1)としていること、さらに、爪状部線がCuPという脈になっていること、Pcuという脈が新たに導入され、後縁にA2脈があるとされている点などです。この辺りで、頭がごちゃごちゃになってくると思います。



次は見た中では一番新しかった論文です。

C. H. Dietrich, "Keys to the Families of Cicadomorpha and Subfamilies and Tribes of Cicadellidae (Hemiptera: Auchenorphyncha)", Florida Entomologist 88, 502 (2005). (ここからダウンロードできます)

これまただいぶ変わっています。まず、前縁の脈には名前が書いてありません。すぐ下の脈から橋渡しする脈はR脈の分枝R1となっています。M脈は2つに分かれていますが、Cu脈は分かれていません。爪状部線は折り目(cs)になっています。

こういう風に翅脈の名称が混とんとしているときは原点に戻れというので、このような翅脈の体形をまとめたComstockの本を見てみることにします。

J. H. Comstock, "The Wings of Insects", The Comstock Publishing Company (1918). (ここからダウンロードできます)

この本の中で、Comstockはヨコバイ亜目については1913年のMetcalfの次の論文を紹介しています。

Z. P. Metcalf, "The Wing Venation of the Jassidae", Ann. Entomol. Soc. Am. 6, 104 (1913). (ここからダウンロードできます)

Metcalfは幼虫の翅を調べて、そこに走っている気管から後に発達する翅脈の帰属を試みました。その一例を次に載せます。





左側が成虫の翅脈、右側が幼虫の翅に伸びている気管です。気管は昆虫の呼吸に関係する器官で、成虫の翅脈の中には気管が走っています。例えば、気管が分岐していたら、それに関係する翅脈は同系統の翅脈だと判断できます。その結果、いくつかのことが分かったのですが、それについてはComstockの本の記述からまとめてみました。

1.Cの気管はない
2.Scの気管は6属にしかないが、Sc脈はよく発達
3.Rの気管は2分岐(R2+3,R4+5)
4.R1の気管は完全に消えるが、一部では微かに現れる
5.sc-r横脈が顕著でnodal veinと呼ぶ
6.M気管は2分岐(M1+2,M3+4)するが、前者は発達しない
7.Cuと1A気管は顕著
8.Cu気管は時折2分岐
9.1A脈はclaval sutureに沿って走るので脈と認められないことがあるが、1A気管はすべての属で顕著
10.2Aと3A気管はよく発達している
11.翅脈の基部を見ると、横の連結は発達しない。C-R群とCu-A群は連結せず、Mは後者の群に属している

初めの1から10まではMetcalfの研究の紹介で、11はComstockの意見です。注目すべきはC気管はなくて代わりにSc気管が発達している点、R1気管はほぼ消えていること、爪状部線(claval suture)のところには顕著な気管が走っているのでこれは翅脈をすべきでこれを1Aとしている点などです。



このMetcalfの翅脈を当てはめてみると、この図のようになります。RとScを結ぶ脈については書いていないのですが、たぶん、横脈という考えだと思います。

Metcalfの研究は部分的には最近の論文にも取り入れられていますが、完全に追随しているわけではありません。例えば、Hamiltonという人は独自の翅脈の記号を使って、

1.R脈はRs脈を除いて萎縮
2.Sc気管はよく発達するが、Sc脈は痕跡を残すのみ
3.claval sutureは二重脈になっている

などと新たな考えを提案しています。

K. G. A. Hamilton, "The Insect Wing, Part III. Venation of the Orders", J. Kansas Entomol. Soc. 45, 145 (1972). (ここからpdfがダウンロードできます)

ということで、今のところ、どれがよいのかさっぱり分かりません。私の気持ちとしてはComstock-Metcalfの考えが気管に基づいているのでよさそうに思えるのですが、Hamiltonの論文を見ると必ずしも気管と翅脈は関係しないということなので、さらに分からなくなります。

ところで、先日、上のヨコバイの名前を調べるときに使わせていただいた論文ではどうなっているのか調べてみました。

S. Kamitani, "The Phylogeny of the Genera in the Tribes Deltocephalini, Paralimnini, and their Allies (Homoptera, Cicadellidae, Deltocephalinae)", Esakia 39, 65 (1999). (ここからpdfがダウンロードできます)

この論文ではいくつかの形質からヨコバイの系統分類をしようとしているのですが、その中で翅脈に関する形質も載っていました。この論文ではPopeという人が書いた本の中の翅脈名称を用いているとのことですが、その本は手に入りません。そこで、以上いろいろと見てきた翅脈の類推からこれらの形質を整理してみました。



前翅に関しては上の①から⑦までの7形質です。翅脈は、特に前縁周辺、M脈に関する部分などがこれまで紹介したものと異なります。そこで、想像力をたくましくして解釈したものを図に書き込みました。①は問題になった「横脈」のほかに横脈が別にあるかどうかです(点線で示してあります)。②は横脈の有無です。③は翅室の有無で、④はその翅室の端が隣の翅室に接しているか、いったん閉じて線で隣接しているかです。上の例では直接接しています。⑤と⑥は付属片に関するものです。⑦は④と同じで中央亜翅端室と接するかどうかです。論文には外亜翅端室となっていましたが、たぶん、中央亜翅端室だと思います。「鋭く尖って(only acutely)」という表現が種によっては微妙なものもあるのですが、上の例では隣接しないを選びます。実際にマダラヨコバイの写真で各項目を調べてみると、0101111となり、論文に載っている表の数字と一致しました。

これだけ、翅脈名が混とんとしているので、「大図鑑」などでは確かと思える基幹部の名称しか入れていなかったのだろうと思われます。また、論文の中で翅脈の名称を用いるときには、是非とも、翅脈の名称を入れた図を加えてほしいなと思いました。
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