最近、なんだかんだと忙しく、落ち着いて虫を調べる余裕がありません。とりあえず、以前、撮っておいた顕微鏡写真をまとめることにしました。
今回はこんなクサカゲロウで、9月18日にマンションの廊下で見つけ、その翌日採集しました。それほど大きいとは感じなかったのですが、それでも大きめの方です。クサカゲロウは腹部が縮んでしまうので、前翅長で大きさを測るようで、実際に測ってみると15.1mmになりました。普通のヨツボシクサカゲロウかなと思ったのですが、どうも頭部の黒紋の数が多いようなので、調べてみることにしました。というのはヨツボシクサカゲロウの他に近縁種にナナホシクサカゲロウという種もいるからです。
いつものように検索には次の本に載っている検索表を用いました。
塚口茂彦, "Chrysopidae of Japan (Insecta, Neuroptera)" (1995).
なお、ヨツボシクサカゲロウの検索はだいぶ前に試みたことがあるので、そちらも参考にしてください。上に載せた検索では最初の3項目が属の検索、後半の2項目が種の検索です。種の検索では可能性のあるヨツボシクサカゲロウ pallensとナナホシクサカゲロウ septermmaculataの両方を載せておきました。これを写真で確かめていきたいと思います。いつもように検索の順ではなく、部位別に見ていきます。
これは頭部の写真です。酢酸エチルの含まれた除光液が入った毒瓶に入れて置いたらこんな黄色になってしまいました。それで、色についてはあまりあてになりません。とにかく、この写真を見ると、顔の部分には全部で7黒紋があることが分かります。先ほどの本を参考にして、黒紋に名前を付けてみました。上から触角間黒紋、前頭黒紋、頬黒紋、頭盾黒紋とでも訳せばよいかなと思っています。通常、ヨツボシクサカゲロウには頬黒紋がないのですが、これにはあります。まず、②はOKです。③の「触角の基部とつながっている」というのは次の写真を見てください。とりあえず、③はOKです。また、⑤aはヨツボシクサカゲロウの方の項目を書いてのですが、例外的に頬に黒紋のある種もあるようなので、OKとしました。
矢印で示した部分が黒紋と触角基部のあたりですが、なにやら膨れているのが触角基部に相当するのでしょうね。その部分で黒紋がつながっています。
頭頂には特に斑紋はありません。これで④もOKです。
この写真は失敗でした。①はPseudomalladaやBrinckochrysa属を除外する項目で、file-like structureというのは塚口氏の本に絵が出ています。ファイルが並んでいるというイメージなのでしょうか。とにかく、規則的な構造が見られます。ただし、あるのは腹板の方でした。この写真は背板しか見えないので、よく分からないのですが、たぶん、大丈夫だと思います。
ところで、これは腹部末端の側面と腹面からの写真ですが、こんな形状のものは本によると♀みたいです。上の検索表では♂についてはいろいろと記述あるのですが、♀にはないので、結局、⑤の前半、つまり、斑紋の数で2種を分けないといけません。ところで、ヨツボシでも例外的に7点のものもいるようなので、結局、検索表では分けることができません。
そこで、各論に書かれている両者の違いによって見分けることにしました。ナナホシはこの本で新種記載されたのですが、ヨツボシと非常によく似ているようで、♂交尾器を除く外見上の違いについてまとめたのが次の表です。
赤字は両者が違うと思われる部分です。翅を除くと色の濃淡による違いなので、こんな変色した個体では何とも言えません。ただ、口肢の濃淡が若干違うようです。
これは頭部を側面から撮ったものですが、口肢はそれほど濃い色だとは思えません。それに、ナナホシは北海道に分布する種なので、たぶん、ヨツボシクサカゲロウのナナホシ型というので合っているのだろうと思いました。
上の表の説明には翅脈で黒くなる部分について事細かに書かれています。いつもは無視するのですが、今回はちょっと真面目に調べてみました。
非常にややこしいですが、①などの番号は下に示した翅脈が黒くなる部分を指しています。
この表はヨツボシクサカゲロウについて書かれていたものを部位別に分けたものです。比較してみると、ほとんど書かれている通りだったのですが、③と?と書いた部分に若干の違いが見られました。③では6本のR-Rs横脈が黒くなると書かれていたのですが、実際には3本でした。また、?はCuA脈の末端部だと思うのですが、これについての言及はありませんでした。たぶん、⑱に含まれると考えているのでは思いました。ということで、いつものようにはっきりはしないのですが、たぶん、ヨツボシクサカゲロウでよいのではと思っています。
今回は塚口氏の本に載っている図を参考にして、翅脈に名称をつけていったのですが、図には翅脈の名称が一部しか書かれていないため、どうしたらよいのか困ってしまいました。それで、文献を探していたら、次の論文を見つけました。
L. Breitreuz et al., "Wing Tracheation in Chrysopidae and Other Neuropterida (Insecta): A Resolution of the Confusion about Vein Fusion", American Museum Novitates No. 3890, 1 (2017). (ここからダウンロードできます)
この論文は脈翅上目というアミメカゲロウ目、ラクダムシ目、ヘビトンボ目について、翅脈の解釈に混乱が見られるので、蛹の中で翅の中に伸びていく気管を基にしてもう一度整理してみたという内容のレビュー論文です。原理的には翅脈について書かれた次のような初期の仕事と同じ内容です。
Comstock, J.H., "The wings of insects", Ithaca: Comstock Publishing Company (1918). (ここから一部ダウンロードできます) J. Tillyard, "Studies in Australian Neuroptera. No. 3. The Wing-venation of the Chrysopidae", Proc. Linn. Soc. New South Wales 41, 221 (1916). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)
ただ、気管は将来横脈になるところには伸びず、将来縦脈になる部分にだけあること、翅脈が発生途中で融合したり、消滅したりするときには気管の分布と成虫の翅脈とは必ずしも一致しないことがあることから問題になったこともありました。この論文ではそれらを踏まえた上でもう一度考察してみたという内容で、いろいろな科ごとに図を示して解説しているので、かなり役に立つのではと思っています。そこに載っている図を参考にして今回のクサカゲロウの翅脈も解釈してみました。
この図では翅脈を系統別に色分けして示してあります。特に問題になるのは上の図でPsmとPscと書かれた脈です。この脈は実際にはいくつも脈が融合してできていますが、一見、一つの脈のように見えるので、Tillyardが名付けたものです。
実際に翅脈を色分けしていくと、RP、MA,MP,CuA間の境界をどうするかというところで迷ってしまいました。これについても書かれていました。基本的にRPの分岐については翅端側から順番に脈を追いかけて色分けしていきます。このとき、1rp-ma脈と段横脈(上の図でig、ogと書いた一連の脈)については初めから横脈と考えて除外しておきます。次にMAは2本、MPは2本、CuAは4本という数に合わせて脈の割り振りをしていけばよいのです。この時もRPの場合と同様に、1m-cu、2mp-cup、1cua-cup、2cua-cupについては横脈として除外しておきます。基本的にはこのように翅脈を追いかけていけばよいのですが、ただ、この個体の場合、このような方法ではCuAは3本になってしまいます。その場合、MPを1本として、CuPを4本にするか、この図のようにするのか自由度が残ってしまいます。調べてみると、CuAの末端部分の本数はTillyardの気管の図では3本、Comstockでは4本となっているので、このくらいの数の変化はあるのかもしれません。
翅脈に系統だって名称をつける理由は系統発生の研究や近縁関係を調べるときに役立つというほかに、いちいち図を描かなくても名称だけでその部分を示すことができるという便利さからでもあります。後者の意味ではPsmやPscのような総称的な名称を使わずに、この図のように翅脈の場所ごとに次々と名称が変化していく場合には、翅脈の解釈により名称も変わってしまうので、誤解を生みやすく大変に不便です。それで、筆者らもPsmやPscという総称的な名称も残しておくべきだという意見のようです。とりあえず、少しだけでも、クサカゲロウの翅脈の理解を深められたかなと思って喜んでいます。