先日からハナノミを一匹捕まえて調べています。これまで、ハナノミにはまったく手が出せなかったのですが、勉強のつもりで調べてみました。
今回調べたのはこんなハナノミで、7月16日にマンションの廊下で採集したものです。これまでこんなハナノミがいると、いつもクリイロヒゲハナノミとしていたですが、本当にそうなのか調べてみたくなりました。検索には次の論文に載っている検索表を用いました。
高桑正敏、「日本産ハナノミ科ハナノミ族概説 l 」、甲虫ニュース No. 123, 1 (1998).(
ここからダウンロードできます)
この概説シリーズは全部で10まで出ていて、これらを使うとハナノミを調べることができるかもと思って期待しています。今回は概説1に載っている族と属の検索を試してみました。
検索の結果、予想通りクリイロヒゲハナノミになったのですが、この種はハナノミ族ヒゲハナノミ属に入っています。かなり特殊なハナノミなのか、属の検索では最初の項目で決まってしまいました。これをいつものように、写真で確かめていきたいと思います。
これは横から撮ったものです。こんな形のままで頭頂から尾節板の先端まで測った体長は10.3mmになりました。頭を伸ばして測ると、もう少し大きくなるかもしれません。この写真では①について確かめることができます。後脛節に1段刻があり、跗節にはないことを確かめることになります。段刻はこれまでハナムグリで何度も出てきました。でも、この写真で見る限り、脛節にも、跗節にも段刻はありません。
後脛節を拡大してみました。強いて言えば、黒矢印の部分に段がありますが、これを段刻と呼ぶべきかどうかは分かりません。「新訂原色昆虫大図鑑Ⅱ」のクリイロヒゲハナノミの説明を読むと、「後脛節には段刻も刻線もない」と書かれているので、たぶん、ないというので良いのでしょう。これに対抗するヒメハナノミ族では、脛節にも跗節には1~数本の段刻があるというので、おそらくこれはハナノミ族でよいのでしょう。
次は頭部を横から写したものです。②に書かれている、「眼が大きく、下側に張り出し」というのは黄矢印で示した部分が下に張り出しているので、まさにその通りだと思いました。
これは実は後で示すように♂の個体なので、②は♂の項目だけを書きました。額の幅と複眼の大きさ比較ですが、最初は上から見た幅で測ってみました。その結果、複眼の幅と額の幅はほとんど等しくなり、「明らかに幅広い」にはなりません。それで、今度は外縁に沿って測りました。すると、複眼の方がはるかに広くなります。果たしてこんな測り方でよいのかちょっと疑問です。また、検索表には♀では複眼と額はほぼ同幅と書かれているので、ひょっとして♀かもと思ったのですが、次の小顎髭の項目からは♂であることが分かりました。
数字のつけてある部分が小顎鬚です。見えている部分が3節なので、1から3までの番号をつけたのですが、ひょっとしたら基部にもう1節あるかもしれません。いずれにしても黄矢印でしめした部分に鬚の様な構造が見られます。これが♂に特有な付属物だと思われます。また、末端節は確かにこん棒状です。
これは別の角度からもう一方の小顎髭を撮ったものです。やはり黒矢印で示したような突起が出ています。もう少しはっきり撮れないかなと思って小顎髭の先端をピンセットで引っ張ったらこの部分が取れてしまいました。でも、それがよかったです。付属物がはっきり見えるようになりました。
取れたものはこんな形でした。矢印で示した3つの付属物がありました。この附属物については次の論文に絵が載っていました。
H. Kono, "Die Mordelliden Japans (Col.)", Trans. Sapporo Natural History Soc. 10, 29 (1928).(
ここからダウンロードできます)
確かによく似ています。
これは裏側から写したものです。附属物は第2節から出ているようです。
何だか奇妙なものなので、生物顕微鏡でも拡大してみました。うーむ、奇妙なものですね。でも、この附属物があるので、ヒゲハナノミ属の♂であることが分かりました。この属には日本産はクリイロヒゲハナノミ Higehananomia palpalis一種だけなので、これで決まりです。
属の説明にはさらに特徴が載っていました。
③前胸側縁は短く、その前縁付近は顕著に厚みをもち、尾節板は三角形状、交尾器中葉も本科にあってはかなり太短い
これも見ていきます。
前胸側縁の前縁付近は黄矢印で示したようにかなり厚くなっています。
さらに、尾節板は三角形状でした。ということでクリイロヒゲハナノミで間違いないのではと思っています。
ついでに写した写真も載せておきます。
これは頭部を正面から写したものです。何だか火星人みたいですね。
触角は11節でした。第1節のあたりがはっきりとは分からないのですけど・・・。
前胸背板を背側から写した写真です。
腹部を横から写したものです。
それから、腹側から写した全体像です。
最後は腹部末端を腹側から写したものです。
これで終わりかなと思ったのですが、ちょっと困ったことがありました。というのは、この種の学名についてです。先の高桑氏の論文(1998)にはHigehananomia palpalisとなっていましたが、2007年に出された「新訂原色昆虫大図鑑」ではクリイロヒゲハナノミ Macrotomoxia castaneaとなっていました。「原色日本甲虫図鑑Ⅲ」では前者、という具合にまちまちです。これについては次の論文に触れてありました。
J. Horak, "Review of the "Calycina group of genera" (Coleoptera: Mordellidae: Mordellini)", Klapalekiana 35, 107 (1999).(
ここで読むことができます)
要点は以下のようです。この種は次の論文でHigehananomia palpalisとして新属新種記載されました。
H. Kono, "Die Mordelliden Japans fuenfter Nachtrag", Trans. Sapporo Natural History Soc. 14, 123 (1935).(
ここからダウンロードできます)
もっとも、上で紹介したKono(1928)の論文ではMacrotomoxia castaneaとなっていましたが・・・。Horakはこの2種は同種で、Higehananomia palpalisはMacrotomoxia castaneaのシノニムであると主張しました。また、1922年にMacrotomoxiaを記載したPicの記述が曖昧だったことと、35年に記載したKonoの論文ではMacrotomoxia castaneaのタイプ標本を検しなかったことが原因だろうと書いています。ただ、いつも思うのですが、同じ種だと主張するときにその根拠が書かれていません。ここが同じだから同じだという主張が是非とも必要だと思うのですが・・・。いずれにしても現在ではMacrotomoxia castaneaという学名が認められているようです。いつも参考にさせていただいている「
日本列島の甲虫全種目録」でもこの名が採用されていました。
(追記2018/08/13:Picの論文を見つけました。
M. Pic, "Diagnoses d’Hétéromères (Col.) de l’Indo Chine", Bull. Soc. Entomol. Fr. 15, 208 (1922). (ここで読むことができます)
これはMacrotomoxia castaneaの新属新種記載をした論文です。フランス語なので、内容は理解できませんが、属の記載は5行、種の記載はたった4行しかありません。もちろん、図もなしです)(
追記2018/08/14:Kono(1928)の論文では、Macrotomoxia castaneaは和名がオナシハナノミ、分布はインドシナ、台湾、パプアニューギニア、インドネシアとなっていました。Higehananomia palpalisについては1935年に台湾の個体で新属新種記載され、和名はクリイロヒゲハナノミとし、Macrotomoxia castaneaはHigehananomia palpalisのシノニムとされていました。また、Picの命名についてはnec Picと書かれ、誤った命名とされています。本文がドイツ語なのでよく分かりませんが、またしても、根拠ははっきりかかれていなくて、何となく、Picの記載が不十分だったので改めて記載したというニュアンスが感じられます。でも、もう何が何だか分からなくなったので、この辺で止めておきます)(
追記2018/08/14:ラテン語の"nec"は英語のnotまたはnorの意味だそうです。"nec Pic"のもともとの意味はPicの命名したものとは異なるということだと思うのですが、後でシノニムにしているので、ここではPicの命名が正当ではないとか、不適切だとかいう意味ではないかと思います。InvertebrateIreland Onlineを参考にしました)