ミズアブは綺麗なので、何とかして名前を調べてみたい虫の一つです。このところ、田植えや水遊びやらで水際で虫探しをする機会が多かったので、ミズアブをよく見かけました。今回は頑張って調べてみました。
今回対象にしたのは6月22日に見つけたこのミズアブです。左右の複眼がくっついているので♂です。この個体は採集して冷凍庫に入れておいたのですが、先日、取り出して調べてみました。時々、利用させていただいている
「ミズアブ図鑑」を見ると、Sarginae亜科のMicrochrysa属辺りに似たような種が見られます。そこで、その辺りかなと思って調べてみました。
検索表は次の論文のものを用いました。
A. Nagatomi, "The Sarginae and Pachygasterinae of Japan (Diptera: Stratiomyidae)", Transactions of the Royal Entomological Society 126, 305 (1974). (ここからダウンロードできます)
この検索表は以前にも使わせていただいたことがあります。その時は♀だったのですが、翅脈からMicrochrysa属らしいことが分かり、そこで止まっていました。今回はもう少し気合を入れて調べてみました。
Sarginae亜科の属への検索表では上の2項目を調べれば、Microchrysa属であることが分かります。それに対抗するCephalochrysa属の項目も入れておきました。いつものように赤字は調べられなかった項目です。実は、この検索表で調べると、Microchrysaではなく、Cephalochrysaらしいことが分かりました。それを写真で確かめていきたいと思います。
まずは全体像です。体長は6.6mmでした。光沢が出ないように虫をトレーシングペーパで囲って照明で照らしているので、一見、光沢がないように見えるのですが、実際は胸部にはかなりの光沢があります。
これは背側から撮ったものですが、腹部が濃い藍色であることが分かります。この写真では合眼的(左右の眼が接していること)であることと腹部が短くて広いことを見るのですが、腹部については相対的な表現なのでよくは分かりません。
①にある"cerebrale"という単語がよく分かりません。ネットで調べたのですが、ほとんど使われていない単語です。それで、たぶん、頭部の後縁を指すのかなと勝手に思って調べてみました。「距離が三角板より短い」という表現も変です。というのは三角板(triangle)は長さではないからです。これを意訳して上のAとBの長さの比較のことかなと思いました。これなら三角板の方が確かに長いので問題はありません。
①の前額は矢印で示した部分だと思いますが、特に隆起はしていません。後から前額三角板という表現も出てくるので、一応、書いておきました。確かに三角形状をしています。口肢はどれだか分かりません。頭状はcapitateの訳なのですが・・・。
(
追記2018/06/29:複眼が上半分と下半分が何か違うようです。下の方が個眼が小さいし、色も違っています。中央に帯のような区切りもあります。ちょっと調べてみると、トンボも背側と腹側で見える色が違っているという研究が見つかりました(こちら)。産総研での研究です。アキアカネでは、腹側部分で紫外線から赤色の部分を検出して、背側で紫外線から青色まで検出しているそうです。この研究はPNASという雑誌に出されているので一度読んでみます)
(追記2018/07/12:通りすがりさんから、「この辺のミズアブは綺麗で良いですね。複眼の模様と色は、個眼の違いに因るものでしたか。ヒラタアブでも個眼の大きさに違いがある種があるけど、やっぱり同じ様な働きなのかな。複眼の模様が複雑なハエなんかはどうなってるんでしょうね。」というコメントをいただきました。複眼が上下で違っているという話はよく聞くのですが、個眼の大きさにも違いがあるみたいですね。個眼が小さいということは角度の分解能が高いということで、下を見るときは細かいところまで見ているということかな。複眼の上半分が青っぽいということはその補色の黄色付近を吸収していることで、紫外を除けば黄色付近を検出していることになり、下半分が緑っぽいということはその補色の赤付近を吸収しているということで、意外にトンボの場合と似ているかもしれません)
次は翅脈です。これはMicrochrysa属か、Cephalochrysa属かを見分ける重要な項目です。cua室が2つの基室(br+bm)より狭いか同程度かを調べるのですが、実際に測ってみると、1:1.38で確かにcua室がかなり狭くなっていることが分かります。この写真は上にガラス板を載せ、翅をできるだけ平面的にしてから撮影しました。次のM1~M4脈はほぼ翅縁にまで達しています。Microchrysa属では途中で消えてしまうので、この両方の性質はかなり明確にCephalochrysa属であることを示しています。
胸弁はthoracic squamaの訳だったのですが、これがstrap状というのは何のことか分かりませんでした。対抗する項目はfan状だというのですが、この辺は論文に絵が欲しいところです。
体に長い軟毛があるのはこの写真でも分かります。
最後は前額三角板の軟毛が触角第1節と第2節の和より長いかどうかです。次の写真の方がよく分かると思います。
これは触角を拡大したものですが、矢印で示した毛などは確かに触角の第1節と第2節の和より長くなっています。これでたぶん、Microchrysa属ではなく、Cephalochrysa属らしいことが分かりました。「日本昆虫目録第8巻」(2014)によると、この属にはCephalochrysa stenogaster一種だけが記録されていて、分布には本州も含まれています。たぶん、これかなと思っています。
ところで、上の論文に載っている種の各論には細かな部分を計測した結果も載っています。それで、確認する意味で、翅についての計測結果と今回の個体とを比較してみました。
まずは、翅縁に沿って上のi~nまでの長さを測ります。基本的に翅脈が翅縁に達する位置で区切られています。
それから中央にある翅室(中室)の周りの脈の長さを計測します。a~hについては論文ではbの長さを100として規格化しているのですが、一つの長さだけを基準にするとその長さがたまたま違っていたり、異常な値を取った場合には大きな誤差になってしまいます。それで、今回はa~hまでの平均値で規格化して論文の数値と比較してみました。
これがその結果です。横軸が長さを測った部位を表しています。計測した長さは翅脈の中心から中心までです。縦軸は平均値を1としたときの長さです。CsはCephalochrysa stenogaster、MfはMicrochrysa flaviventris、MjはMicrochrysa japonicaを表しています。後二者はMicrochrysa属での候補たちです。赤線が今回の個体についての値ですが、ひいき目に見ると青点線のCsと近いことが分かります。
こちらは折れ線近似で翅縁の長さを測ったものですが、Microchrysa属のM脈は翅縁にまで達していないので、IとJの値しかありません。それで、この場合はJの長さを100と規格化した論文の方式をそのまま用いました。このグラフからは今回の個体の値が青点線のCsと極めてよく合っていることが分かります。こんな長さの比較だけからではあまりはっきりしたことが言えませんが、決定した種が本当に合っているかどうかを確かめるときには少しは役に立つかなと思いました。こんなところから、今回の個体はたぶん、Cephalochrysa stenogaster♂で間違いないのではと思っています。
ついでに、検索に用いなかった写真も載せておきます。
これは胸部背面の写真です。胸背の中央で黒っぽく見えるところは、リング照明を用いているので、照明のない中心部分が黒く写っているのではと思っています。
次は口器です。びっくりするような構造ですね。これで舐めるのでしょうね。
腹部末端を横から撮ったものです。交尾器の構造を何とか知りたいと思って撮ったのですが、結局、よく分かりませんでした。
これは同じ場所を後方から撮ったものです。
それから腹面から撮った写真です。交尾器による検索表も論文には載っているのですが、まだ使いこなせません。これから勉強をしなくては。