先日、家の近くにある川の土手に行ってみると、小さなハチが地面に空いた穴にしきりに入っては出たりしていました。何だろうと思って、一匹だけ採集して調べてみました。
穴に出入りしていたのはこんなハチです。体長は5.5mm。小さいのですが、腹部の前半が赤いので、結構、目立ちます。
一昨日、科と属の検索を行い、コハナバチ科のヤドリコハナバチ属
Sphecodesであることが分かりました。今回はこの続きで、種の検索です。今回は何度も行き詰ったり、別の種にたどり着いたりして大変苦戦しました。一応は一つの種に絞れたのですが、まだ怪しいのでそのつもりで見ていたければと思います。
検索表は次の論文に載っているものを用いました。
K. Mitai and O. Tadauchi, "Taxonomic Study of the Japanese Species of the Genus Sphecodes (Hymenoptera, Halictidae)", ESAKIA 53, 21 (2013). (ここからダウンロードできます)
この論文は種についても詳しく載っている大作なのですが、検索表の項目に対応する絵が載っていなかったこととハチ特有の英語表現があったりして意味を理解するのに意外に苦労しました。でも、一応、検索の結果、オクエツヤドリコハナバチ Sphecodes okuyetsuになりました。合っているといいのですが・・・。いつものように検索表の項目を写真で確かめていきたいと思います。
この8項目で最後に書いた3種まで絞れます。まずはここまで調べていきます。なお、番号は先日の科と属の検索のときと連続した番号になっています。また、赤字の部分はこのように変更した方がよいと思ったところです。今回はだいたいは検索の順に見ていきます。
これは頭部を背側から見たものです。ここで「頭頂」という言葉が出てくるのですが、私は単眼のある付近だと思っていたので、⑥の縦隆起線は単眼の前にある筋のことだと思ってしまいました。それで、simillimusという種にたどり着き、検索は簡単だなと思ってしまいました。ただ、その後、種の説明をいろいろ読んでいるとどうも違うようです。それで、もう一度、「日本産ハナバチ図鑑」に載っているハナバチの形態を見ると、頭頂は単眼の後ろ側を指しています。たぶん、横から見てもっとも高くなるところを頭頂と呼んでいるのだろうと思って、この写真の+印のところかなと思いました。そうすると、ここには縦隆起線はありません。また、側単眼の上縁を黄色の破線の部分だとすると、その隙間は単眼の直径ほどしかありません。それで、⑥、⑦はOKとして、こちらの道を進むことにしました。
これも迷いました。頬の部分は矢印で示した部分だと思うのですが、丸く膨れているといえばそうだろうと思うし、平坦だと思うとそうにも見えるし・・・。また、複眼の外縁が"furrowed"という意味もよく分かりません。辞書を引くと「畝を立てる」というので、溝または縁があることかなと思って写真を見ても特にそんなものは見られません。⑧にはもう1項目あるので、そちらも見てみます。
この項目は前胸背板についての項目です。前胸背板は矢印で示した部分なのですが、最初はよく分からず、中胸盾板の前角付近にある突起が気になりました。ひょっとして「突出」というのはこのことを指しているのではと思ったのです。それで、その部分を拡大してみました。
突起と思ったのは㋐と㋑の部分です。㋐はこの写真でも分かりますが、前気門の部分を覆うように突き出していて中胸背板の前角が突き出しているものと思われます。㋑は前胸背板みたいですが、これを横から見てみます。
この写真を見てあっと思いました。前胸背板は前脚の取りついている部分ですが、中胸盾板からぐっと低い位置になっています。先ほどの㋑の突起はたぶん前胸背板の後縁に当たるもののようです。この写真からは前胸背板は丸くて低いという意味もよく分かります。また、特に突出している部分も見られないので、⑧はOKとしました。
次は後腿節に関するものでこれは明快です。測ってみると幅は長さの0.36倍になるので、⑨はOKでしょう。
次は大顎の歯についてです。標本が固くなる前に大顎を広げておけばよかったのですが、広げなかったのでどうせ分からないだろうなと思っていたのですが、拡大して撮ってみると、黄矢印で示すように内歯が見えます。それで、⑩はOKとしました。
次は尾節板についてです。このように細い尾節板を持つのは♀です。この幅と触角鞭節第3節の幅との比較です。論文の検索表には第2節の幅との比較になっていましたが、第2節は幅が一様ではないし、論文の他の部分や図鑑の説明などでは第3節なので、たぶん、第3節のことだろうと思ってそちらを測りました。
顕微鏡の倍率を変えずに触角と尾節板を撮り、長さを測りました。触角は上からと横からと撮りましたが、細かい毛が生えているので、正確な幅は共によく分かりません。とにかく、尾節板の幅は1.29倍と1.19倍になり、共に1.2倍近傍なので⑪はOKとしました。もう一つの選択肢は2倍以上だったのでこれは間違いなさそうです。
次は前伸腹節についてです。翅が邪魔をして真後ろからは撮れなかったので、斜め後ろから撮りました。前伸腹節は背面、垂直面、側面に分けられますが、その垂直面の後半部分の上縁付近の話です。ただし、この写真では垂直面を上下に仕切る横隆起線が見えないので、たぶん、横向きの滑らかな面もないだろうと思って⑫はOKにしました。
最後は頭盾の点刻についてです。写真の部分が頭盾ですが、点刻で覆われています。ここをもう少し拡大してみます。
毛が邪魔をしてよく見えないのですが、点刻はかなり大きくて、少なくとも点刻間の隙間は点刻の直径よりははるかに小さそうです。これで、種は最初に示したcoptis, koikensis, okuyetsuの3種に絞られたことになります。
論文にはこの3種の区別が表の形で示されていました。これも翻訳しました。
頭頂、頭盾、翅脈、尾節板、体長で見分けることになっています。これを一つずつ調べていくと最後のokuyetsuになったのですが、これも写真で確かめていきたいと思います。ただ、文中に[ ]で示した部分は英語訳が適当かどうか分かりません。
最初は頭頂付近が"developed"かどうかで、この部分が発達して盛り上がっているのかなと思ってそのような訳にしました。写真で見る通り、特に異常は見られないので、最初のハードルはokuyetsuでも大丈夫そうです。
次は頭盾についてです。点刻と点刻の間は光沢があるというのは、写真でもそのように見えます。
これが分かりにくい。論文には"furrowed by continuous punctures"と書かれているのですが、そのように見ればそう見えるという感じで、そうでない場合と比較しないとよく分かりません。
次は翅脈です。第1逆走脈と第1肘間脈の位置関係です。前2種では"basad of"という単語が使われ、okuyetsuには"interstitial with"という単語が使われています。辞書を見ると、basadは「底(基底、基部)の方へ」という副詞で、副詞がこんな場所に使われることはないと思われます。一方、interstitialは「隙間の」という意味で、よく結晶格子の間に不純物が侵入する場合に用います。共に意味不明なのですが、この単語で検索すると不思議にハチの論文が引っかかります。やはりハチ特有の英語だと思われます。「日本産ハナバチ図鑑」のcoptisとkoikensisの欄にはこの二つの脈が「離れる」、「接しない」と書かれているので、"basad of"は「離れる」、"interstitial with"は接すると訳しました。そう思ってこの写真を見ると、二つの脈は真っすぐにつながっていて、「接する」という表現でもよいように思いました。
最後は尾節板の幅ですが、上でも述べたように、1.2倍前後でokuyetsuの1.2倍と合致しています。また、体長は5.5mmだったので、これも範囲内に入っています。さらに、分布は北海道、本州、四国、九州でこれも合っています。ということで、今のところオクエツヤドリコハナバチ Sphecodes okuyetsuが最有力ということになりました。
ついでに撮影した写真も載せておきます。
これは後翅の写真です。Sphecodesの種の検索表は次の論文にも載っています。
Y. V. Astafurova and M. Proshchalykin, "The bees of the genus Sphecodes Latreille 1804 of the Russian Far East, with key to species (Hymenoptera: Apoidea: Halictidae), Zootaxa 3887, 501 (2014).(
ここからpdfが直接ダウンロードできます)
上で書いた検索があまりに怪しかったらこの論文の検索表も試してみようと思って、後翅にあるhamuliという前翅との連結の鉤の数も数えておきました。5つあるみたいです。
これは触角を写したものです。検索では用いませんでした。
単眼から触角にかけて走っている隆起線の端を写したのですが、これも使いませんでした。
ということで、とりあえずオクエツヤドリコハナバチにはなったのですが、甚だ不安で、また、頼りないものです。こうやっていろいろな虫で検索をするたびに、その種特有の専門用語や英語表現があっていつも悩まされます。絵が載っているとすぐに分かることでも、文章だけだとよく分からず、苦労が絶えません。このハチの検索をしていて、いったいいつまでこんなことを続けるのだろうと、先日はちょっと弱気なことを書いてしまいました。でも、ほかにやることもないので、虫の名前調べはもう少し続けることにします。