今回もまたハエの検索です。ヘリグロヒメハナバエは以前はヘリグロハナレメイエバエと呼ばれていたイエバエ科ハナレメイエバエ亜科Orchisia属のハエです。このハエについては生態写真で
以前少しだけ検索をしたことがあったのですが、その時は脚の剛毛などが写っていなかったのと、今回、新しくイエバエ科の亜科の検索表が手に入ったので試してみたくなって調べてみました。
今回調べるのはこんなハエです。翅の前縁が褐色なので一目見て名前が分かるのですが、こういう名前の分かった種は安心して検索ができるので、今回はゆったりした気分で調べてみました。
まずは亜科の検索です。亜科の検索には最近手に入った次の論文の(絵解き)検索表を用いました。
大石久志、村山茂樹、「日本産イエバエの同定」、はなあぶ No. 37, 100 (2014).
調べた結果、ほとんど迷うことなくハナレメイエバエ亜科になったのですが、その過程を書くと次のようになります。
この7項目を全部調べるとCoenosiinae(ハナレメイエバエ亜科)のCoenosiini族に到達します。その過程を写真で見ていきます。
まずは全体の写真です。体長は3.4mmでした。また、腹部末端の形からこれはたぶん♂だと思われます。検索項目の④はMuscinae亜科Azelinii族を除外するための項目になっています。腿節に特に変わった構造は見られませんし、体色も青黒色ではないので、この項目はOKだと思われます。
次は胸部側面の写真です。ここで①~③は下後側板、上後側板、後基節後方背面に毛がないことを確かめます。次に⑦で下前側板に3本の剛毛が二等辺三角形状に並んでいることを確かめます。後で述べますが、厳密には二等辺三角形ではないので、見た感じでの判断でよいと思います。
最後は後脚脛節の剛毛で、⑤~⑦は見ればすぐに分かると思います。脛節の背側には二列の細い毛列がありますが、その中心を通る線を背側の中心線と考えて、そのすぐ隣の列に生える剛毛が背側剛毛です。前側に生えている場合だと前背剛毛(ad)、後ろ側だと後背剛毛(pd)、ちょうど中心線上だと背剛毛(d)となります。このハエでは基部から2/3までに2adと1pd、先端1/3に1adと1dがあります。これで亜科の検索が終わり、無事にハナレメイエバエ亜科になりました。
属の検索は「日本のイエバエ科」に載っているのですが、以前にも紹介した「
一寸のハエにも五分の大和魂・改」ではもっと
分かりやすい検索表が載せられているのでそちらを使わせていただくことにしました。
その検索表を使うと予想通りOrchisia属になるのですが、その過程を書くと次のようになります。
全部で4項目なのですが、一つ一つの項目が長いので、調べるのはかなり大変です。それをまた部位別に見ていきたいと思います。
⑧は亜科の検索表とダブるのですが、下前側板に生えている3本の剛毛の配置に対して大変詳しく書かれているのでもう一度調べてみます。一見すると正三角形に見えなくもないのですが、この写真は下前側板の面にほぼ垂直な方向から撮ったので、配置を直接調べることができます。
それがこの写真です。写真の右にある2本の剛毛が上側の2本になります。これを底辺とする正三角形を描くとこの写真のようになります。実際に下の剛毛が生えている場所は頂点からは少し前で内側です。⑧をよく読んでみると、まさにこの微妙な配置を説明しているのだということが分かります。大変親切な検索表だと思いました。
次は頭部の剛毛についてです。まず⑨についてですが、複眼の周辺で硬化している場所を前額眼縁板と言います。その上に4本並んでいる剛毛が額眼縁剛毛です。その後ろ側にあるのが内頭頂剛毛、その斜め後ろにあるのが外頭頂剛毛です。検索項目は後傾している額眼縁剛毛の数が2対あるという内容です。前側2本は内傾していて、後ろ側2本(黄矢印)は後傾しているので間違いなく2対です。⑩については大きな単眼三角板があることにすぐ気が付きます。
ただ、大石氏の論文を読むと、通常ハエの仲間では額眼縁板の内側寄りと複眼寄りの2列に剛毛が並んでいて、内側を額剛毛(frontal bristle)、複眼寄りを眼縁剛毛(orbital bristle)と呼んでいます。このハエのように1列しかない場合は2列に分けられないので額眼縁剛毛(fronto-orbital bristle)と呼んでいるそうです。この毛列がどちらの毛列に相当するかという相同性についてはまだ議論があるようです。なお、oriとorsというのはinferior orbital bristleとsuperior orbital bristleの略で、本来、眼縁剛毛に対する名称ですが、篠永氏の「日本のイエバエ科」でも「新訂原色昆虫大図鑑III」でも、frontalが含まれているような書き方がなされています。たぶん、額眼縁剛毛を意識した書き方かなと思っています。いずれにしても、額眼縁剛毛の場合は下側と上側という区別なのですが、この二つをどうやって区別するのかについては
以前も少し書きましたが、実のところよく分かりません。
次は後脚脛節ですが、⑨と⑪ともに写真ですぐに分かると思います。
次は中脚脛節です。これも見たらすぐに分かります。
検索表には出てこないのですが、ついでに前脚脛節も載せておきます。亜末端を除き、特に剛毛は見られません。
これは小盾板に長い剛毛が1対だけあることを示しています。
翅の前半部分は暗色であるのは「ヘリグロ」の名前の由来でしょうね。翅脈の名称は「新訂原色昆虫大図鑑III」を参考にしました。ということですべての項目が確かめられたので、最初の予想通り、Orchisia属になりました。この属の日本産はヘリグロヒメハナバエ O. costata 1種だけなので、自動的に種が決まりました。
ついでに剛毛も調べておこうと思っていつものように名前を付けていきました。実は、ここでだいぶ時間がかかってしまいました。「日本のイエバエ科」にはヘリグロヒメハナバエの胸部の剛毛配列について、「ac 0+0, dc 2+3, ia 0+2, h 2, ph 1, prs 1, nt 2, pra absent, sa 1, pa, 1, scut 1 preapical, 1 lateral, st 1+2」と書かれています。これと比較してみようと思ったのです。実際にやってみるとiaやdcの一番前の剛毛などはかなり小さなものまで数えていました。剛毛の略称は大石氏の論文の説明のものを使ったので、nt→np, pa→pabとなっています。pabが2本ありそうなことと、小盾板に側剛毛がなさそうなところが違ったのですが、後はほぼ書かれている通りでした。一番困ったのはこの写真でprsと書いた剛毛です。今まであまり気にしないで使ったのですが、「はなあぶ」をぱらぱら見ていたら、前胸前側板刺毛(prs)と書かれた論文がありました。この前胸前側板刺毛というのは次の写真にある剛毛のことを指しています。
まったく異なる場所の剛毛です。ということは今まで書いてきたものがみな違うのかと思って焦ってしまいました。でも、「絵解き調べる昆虫」ではprsは横線前剛毛、大石氏の論文ではp(前横線翅背剛毛)を図示して、「=prs」と書かれているのでたぶん、大丈夫なのかなと思っています。
これは側面からです。
ついでに検索に使わなかった写真も載せておきます。
顔面の写真です。
触角刺毛です。
腹部背面です。
腹部側面です。
腹部の腹面です。何か構造が見えていますが、それが何なのかよく分かりません。
今回は名前が分かっているので簡単かなと思って始めた検索ですが、額眼縁剛毛と胸部の剛毛のところでひっかってしまい、だいぶ時間を取ってしまいました。ハエはほかの虫に比べると情報が多いのですが、それぞれに主義主張があるためか文献や本に書かれていることが微妙に違います。それらを調べて総合的に判断しないといけないので、やはり大変です。でも、少しずつは慣れていっているのかなぁ。