昨日の続きで、今日はショウジョウバエ科の属の検索をしてみます。
対象とするのは体長2.3mmのこんな小さいハエです。先日、「絵解きで調べる昆虫」と「新訂 原色昆虫大図鑑III」に載っている科の検索表を使って調べた結果、
ショウジョウバエ科になりました。そこで、今回はその先の属の検索をしてみました。属の検索には次の文献の検索表を用いました。
Manual of Nearctic Diptera Vol. 2 (1987). (
ここからダウンロードできます)
実際に検索をしてみた結果、ヒメショウジョウバエ属(Scaptomyza)に落ち着きました。まだ合っているかどうかは分からないのですが、一応、その検索過程を写真で確かめていきたいと思います。
必要な個所を抜き出したものがこれです。番号は先日の科の検索との通し番号になっています。また、最後の㉔については近縁のDrosophila属の項目も載せています。なお、原文は英語で私の拙い語学力で訳していますので間違っているところも多いと思います。そのつもりで見ていただければ幸いです。
これをいつものように写真で確かめていくのですが、検索の順だとあちこちの写真を見なければいけないので、いつものように部位別に説明することにします。
まずは全体像ですが、ここでは一番最後の㉔を確かめることになります。細長い脚を持つというのは合っている感じです。
次はもう少し拡大したものですが、前腿節に特に異常は見られないので、㉒もOKでしょう。
次は頭部です。頭部はいろいろなところを見なければならないので、写真を何枚か出して説明することにします。初めに額眼縁剛毛と後単眼剛毛についてです。額眼縁剛毛は後向けに曲がった剛毛が2本あります。その前側の剛毛のわずか前内方に今度は前向きに曲がった剛毛が生えています。前向きの剛毛は後ろ向きの剛毛のうち前側の剛毛よりは強い剛毛です。また、後単眼剛毛は十分に発達しています。これで、上の項目をすべて説明したことになります。
次は触角についてです。ショウジョウバエの触角は独特で、こんな枝のようなものたくさん出ています。これを先ほどの文献では"ray"と書いてあったのですが、「大図鑑」には分枝と書いてあったので、そう訳しました。この写真では背面にその分枝が4本、腹面には1本、さらに先端が二分していることが分かります。これで項目はすべて説明できました。
これは前額を上から撮ったものです。額眼縁剛毛の位置関係がよく分かると思います。㉑は"arising medially to"という英語の訳がはっきり分かりませんでした。たぶん、mediallyは内側と訳したらよいのかなと思ったのですが・・・。ただ、ショウジョウバエ科の額眼縁剛毛の配置はだいたいこんな感じなので、たぶん、大丈夫だと思います。
次は顔面を写したものです。顔面は触角の下辺りを指しますが、この中央に一筋の盛り上がりが見えます。これがたぶん「竜骨」だと思います。これで㉓もOKとします。
これは中胸盾板を見せていますが、縦筋が入っています。これで⑱はOKです。
同じく盾板を真上から撮ったものです。ここでは剛毛の細かい内容を調べていきます。まず⑳は→で示した細い剛毛列(中剛毛)の後端に長い剛毛が生えていないことを見ます。続いて、中剛毛が2列でできていることを見ます。これが㉔です。この剛毛列の数でDrosophilaと見分けることができます。また、小盾板の矢印は後端に長い剛毛が交差していることを示しています。英語では⑳は"basal"、㉑は"apical"となっていて違うのですが、たぶん、同じ剛毛を指しているのではと思いました。また、前方の㉑が示しているのは背中剛毛ですが、その前方に長い剛毛が生えていないというのが㉑の後半の内容ではないかと思いました。
次は胸の側面からの写真ですが、前胸前側板に剛毛が生えていないこと、下前側板に2本の剛毛が生えていることが分かります(ちょっと写真では見にくいですが・・・)。
最後は翅脈です。Sc切目で特に襞状のものがないので、これもOKでしょう。ということで、ほぼすべての項目を確かめました。途中でやや怪しいところや、英語の意味がよく分からないところもあったのですが、とりあえずScaptomyza属になりました。属の検索表は次の論文にも載っています。
T. Okada, "Systematic study of Drosophilidae and allied families of Japan", Gihodo, Tokyo (1956). (
ここからpdfが直接ダウンロードできます)
T. Okada, "A Proposal of Establishing Tribes for the Family Drosophilidae with Key to Tribes and Genera (Diptera)", Zool. Sci. 6, 391 (1989). (
ここからダウンロードできます)
これらの検索表でも試してみたのですが、ともにScaptomyza属になったので、たぶん大丈夫かなと思っています。
ついでにいくつか写真を撮ったので、それも載せておきます。
頭を横から撮ったものです。本当は触角を写そうと思ったのですが、あまりはっきりしなかったので没になりました。
腹部側面と腹部末端を写したものです。末端の構造から、これはたぶん♂ではないかと思うのですが、末端の構造が何なのかよく分かりません。将来、分かるようになった時のために出しておきます。
ついでに種もと思ってちょっとだけ調べてみました。種の検索表は上に載せたOkada(1956)に載っています。ただ、文献が古くてScaptomyza属6種しか載っていません。「日本昆虫目録第8巻」(2014)には13種も載っているので、どうしようかと思ったのですが、まず、ここに載っている種を書き出してみました。
unipunctum (Hemiscuptomyza) → 誤同定? S. (H.) okadai
disticha (Parascaptomyza) → S. (P.) pallidaのシノニム
graminum (Scaptomyza)
polygonia (Scaptomyza)
apicalis (Scaptomyza) → S. (S.) flavaのシノニム
monticola (Scaptomyza) → S. (S.) consimilisのシノニム
この6種です。( )内は亜属、右側のは
Systema Dipterumなどで調べた現在の解釈です。unipunctumについてはSystema Dipterumではvalidとなっているのですが、その後の目録ではokadaiとなり、同じイッテンヒメショウジョウバエの和名がつけられているので、誤同定だったのかなと推測しました。
1. 翅の先端に黒い斑点はない
2. 中剛毛は2列;肩剛毛は1本;小盾板端剛毛は長い Scaptomyza disticha→S. pallida
種の検索は実際に調べた結果、この二項目を確認するだけでよくて、結局、distichaになりました。distichaはpallidaのシノニムなので、結局、コフキヒメショウジョウバエ pallidaになるのですが、「日本昆虫目録第8巻」(2014)にはelmoi ミナミコフキショウジョウバエという種が私の住む近畿にはいるようなので、まだ、はっきりしたことは分かりません。でも、たぶん、この辺かなと思っています。早く、交尾器の見方を勉強したい・・・。
(
追記2017/02/08:Scaptomyzaを調べていたら、面白い論文を見つけたので紹介します。
加藤 徹、「ショウジョウバエ分子系統学研究の最前線」、低温科学 69, 1 (2011). (ここからダウンロードできます)
T. Katoh et al., "Multiple origins of Hawaiian drosophilids: Phylogeography of Scaptomyza Hardy (Diptera: Drosophilidae)", Entomological Science 20, 33 (2017). (ここで要旨を読むことができます)
この二つの論文です。内容は次のようなものです。Scaptomyza属は現在までに全世界に20亜属269種が記録されているのですが、その60%はハワイ固有種だというのです。一方、Hawaiian Drosophilaと呼ばれていた属(Idiomya属)は400種以上記録されているのですが、そのすべてがハワイ固有種です。さらに、この2属は姉妹群を形成しています。
いったいどうして、こんなにショウジョウバエがハワイに集まっているのでしょう。これには従来まで二つの説がありました。一つは、もともとScaptomyza属もIdiomya属は共通の祖先をもち、ハワイに起源を持っていたのですが、Scaptomyza属についてはその後世界中に広がっていったという説、もう一つは、もともとこの2属は別々の起源で、Idiomya属はハワイ起源でも、Scaptomyza属の方は後からハワイに入ってきて独自進化を遂げたという説です。
これに対して、Katohらは最近、ハワイ種と大陸種のミトコンドリアと核のDNAを調べ、後者の説に近い内容の論文を出しました。これによると、Scaptomyza属もIdiomya属も大陸起源で、今から30Ma前(Maは地質学で使われる単位で1Maが百万年に相当する)に共通の祖先から分かれ、その後、すぐにIdiomyaはハワイ諸島に入り、独自進化(これを適応放散というようです。つまり、単一の祖先からさまざまな形質を持った子孫ができることを意味します)を遂げて、種数も現在では412種に達しました。一方、Scaptomyza属は少し遅れて15-21Maごろに入り適応放散を遂げたのですが、その後、10Maに別の系統が再び入り込み、それも適応放散を遂げたということでした。DNAを調べることでいろいろなことが分かるのですね。適応放散といいますが、ハワイのような狭い島の中でどうしてこんなにも種類数が増えるだろうかとちょっと疑問になりました)