蝶・蛾の口吻で吸う仕組み
蝶・蛾の口吻は普段、顔の前でくるくると巻いていますが、花の蜜を吸うときには長く伸びます。先日、この口吻がどのように伸びたり巻いたりするのか、その仕組みについて書いてみました。今回は、この口吻でどのように液体を吸うのか、その仕組みについて調べてみました。
蝶の口吻は普段はこの写真のように顔の前でくるくると巻いています。
花の蜜を吸うときは、この写真のように巻いていた口吻をほどいて長く伸ばし、蜜を吸います。この口吻、詳しく見るといろいろなタイプがあるようです。これについては次の論文に載っていました。
M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)
次の図はこの論文に載っていた図をスケッチしたものです。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
5種類のチョウの口吻を並べたものです。手書きのスケッチなのでちょっと汚いのですが・・・。初め、口吻はストローみたいなものだと思っていたのですが、その考えは大きく違っていました。実は、口吻の先端には穴が開いていないのです。それではどうやって液体を吸うのかというと、口吻の先端に吸う領域があるのです。その吸う領域が2と書いてある部分です。領域1は普通の口吻の部分、領域3は穴が開いていない先端部分です。最初の2種については3に相当する部分がないので、見かけ上小さな穴が開いているのかもしれません。
この領域3があるかどうかは、チョウの行動に深く関係しています。上の2種は腐った実などから汁を吸います。これに対して、下の3種は訪花性です。訪花性のトラフアゲハについて、もう少し口吻を詳しく見てみます。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
これは口吻の先端部分を見たものですが、領域1では中心にdorsal legulaeという細かい葉のようなものが密に並んでいます。液体を吸う領域2では、このdorsal legulaeという葉の長さが長くなり、葉と葉の間に隙間が空いてきます。そして、領域3の末端ではdorsal legulaeがなくなり、先端には穴があいていません。さらに、領域1では疎水的、つまり、水をはじく性質を持っていますが、領域2と3は親水的、つまり水に濡れる性質を持っています。それでは、このdorsal legulaeとは何なのでしょうか。
(L. E. S. Eastham and Y. E. E. Eassa, "The Feeding Mechanism of the Butterfly Pieris brassicae L.", Phil. Trans. Roy. Soc. (London) ser. B. 659, 239, 1 (1955)から一部改変して転載)
これは以前にも出した口吻の断面の図です。次の論文に載っていました。
L. E. S. Eastham and Y. E. E. Eassa, "The Feeding Mechanism of the Butterfly Pieris brassicae L.", Phil. Trans. Roy. Soc. (London) ser. B. 659, 239, 1 (1955).
口吻は小腮肢という口の周りにある肢のようなものが変形してできたものです。口吻は大顎の下にある小顎の左右の外葉が伸びて中央で互いに合わさり、その中心部分に空洞を作って、そこが液体の通り道であるfood canalになります。もとの外葉(galea)はfood canalの両側に張り出します。dorsal legulaeというのはfood canalの背側で蓋をする部分のことでした。これは通常2重になっていて、上側をupper branch、下側をlower branchと呼んでいます。先ほど、葉のように並んでいると書いたものはこのうちupper branchの方でした。つまり、領域1ではこの蓋の幅が狭く、かつ、きちんと並んでいるので、液体は漏れないのですが、領域2ではこの蓋の長さが長くなり、隙間を空けて並ぶのでその隙間から液体が入るようになるのです。その仕組みについては次の論文に載っていました。(追記2017/07/25:小腮肢ではなくて、小顎の外葉だったので訂正しておきます)
D. Manaenkova et al., "Butterfly proboscis: combining a drinking straw with a nanosponge facilitated diversification of feeding habits", J. R. Soc. Interface 9, 720 (2012). (ここからダウンロードできます)
つまり、大きな穴から一気に吸い込むのではなくて、dorsal legulae間の小さな隙間から上の図のように液体が染み込むように中に入っていくのです。こんな隙間が領域2全体に開いているので、先端に穴が1つ開いているよりは効率がよいのかもしれません。また、蜜のような液体だけを吸うのではなくて、濡れた地面から水を吸うときや腐った実から汁を吸い取る時などは、領域2をその濡れた面に押し付けて水分を取ることができるので、ストローで吸い取るよりは都合がよいかもしれません。Manaenkovaらはこの仕組みをナノスポンジという言葉で呼んでいます。つまり、先端はナノスポンジ、途中はミクロンサイズのfood canal、この2つを結び付けて効率よく吸っているという主張です。
口吻の領域2をもう少し拡大してみてみます。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
こんな感じの部分を水分のあるところに接触させて、水分を吸い取るのです。この部分には感覚子も分布しています。ところで、この部分はチョウの種類によって大きく変化します。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
これはLimenitis arthemis astyanaxというタテハチョウ科のチョウの口吻の先端近くで、領域1から領域2に移り変わる部分の模式図です。この蝶の場合は領域1はdorsal legulaeのlower branchが並んでいるのですが、領域2になるとupper branchが大きくなり全体を覆うようになります。さらに、その先端には枝分かれも見られます。また、大きな有柄感覚子が周りにずらりと並んで、複雑な様相を示しています。この感覚子がどんな役割を果たしているのか分かりませんが、蜜とは違い、一見水分のないようなものから水分を吸い取らなければならないのでその何等かの検出器なのかもしれません。
さて、口吻の中のfood canal内への水分の染み込みについては分かったのですが、これをどうやって体の中に運ぶのかは次の論文に載っていました。
S. C. Lee, B. H. Kim, and S. J. Lee, "Experimental analysis of the liquid-feeding mechanism of the
butterfly Pieris rapae", J. Exp. Biol. 217, 2013 (2014). (ここからダウンロードできます)
実は、口の奥にポンプを持っているのです。この論文では液体の中に小さな粒子を入れて口吻先端での液体の流れを測ったり、X線で頭部内部のポンプの動きを調べたりしています。このポンプの働きをまとめると次の図のようになります。
(S. C. Lee, B. H. Kim, and S. J. Lee, "Experimental analysis of the liquid-feeding mechanism of the
butterfly Pieris rapae", J. Exp. Biol. 217, 2013 (2014)から一部改変して転載)
口吻には口腔ポンプというポンプがついていて、これが膨張・収縮をすることで口吻から液体を吸い込みます。この時、ポンプにはちゃんと弁がついていて、膨張するときには上流の弁が開き、下流の弁が閉まります。収縮するときはその逆になります。この膨張・収縮の周期は365ミリ秒なのでかなり高速度で振動していることになります。口吻先端の液体の流れを観察していると、この膨張・収縮に対応して、液体の流れが変化することが観察されるので、口吻内での液体の上昇は単なる毛細管現象ではなくて、ポンプの作用で行われていることが分かります。
ということで、蝶・蛾が口吻でどのように液体を吸っているのかを調べてみました。ここまで調べてくると、それでは蚊とはどこが違うのかという疑問が湧いてきました。それで、蚊についても調べてみました。蚊の研究は非常に多いです。たぶん、痛くない注射器の開発などと関係しているからでしょう。これについては次の論文を参考にしました。
菊地謙次、寺田信幸、望月修、「蚊の吸血ポンプ特性評価」、生体医工学 46, 232 (2008). (ここからダウンロードできます)
M. K. Ramasubramanian, O. M. Barham, and V. Swaminathan, "Mechanics of a mosquito bite with
applications to microneedle design", Bioinspiration $ Biomimetics 3, 046001 (2008). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)
(M. K. Ramasubramanian, O. M. Barham, and V. Swaminathan, "Mechanics of a mosquito bite with applications to microneedle design", Bioinspiration $ Biomimetics 3, 046001 (2008)から一部改変して転載)
まずは口吻ならぬ吸血針の先端の絵です。先端はまさに注射針と同じ格好をしています。つまり、斜めに裁断された面の中央に大きな穴が開いています。見るからにちょっと痛そうですね。でも、大きさは0.02mm程度なのでそれこそ蚊が刺すような痛みしかないのでしょうけど・・・。
ポンプについては次の本に載っていました。
R. E. Snodgrass, "The Anatomical Life of the Mosquito", Smithonian Institution (1959).(ここからダウンロードできます)
頭部には口腔ポンプと咽頭ポンプという2種類のポンプが連結していました。これらは互い違いに動きます。つまり口腔ポンプが収縮したときは咽頭ポンプが膨張し、口腔ポンプが膨張するときには咽頭ポンプが収縮して、吸った血液を食道に送るようです。何となく蝶よりは強力なポンプのようですね。たぶん、弁もあるのだと思うのですが、書いてなかったので省略しています。
ということで、蝶・蛾の吸水と蚊の吸血の仕組みを簡単に書いてみました。内容はそれほど難しいというわけではなかったのですが、絵を描くのがともかく大変で大変で・・・。でも、最近の研究成果も分かって、いい勉強になりました。
蝶の口吻は普段はこの写真のように顔の前でくるくると巻いています。
花の蜜を吸うときは、この写真のように巻いていた口吻をほどいて長く伸ばし、蜜を吸います。この口吻、詳しく見るといろいろなタイプがあるようです。これについては次の論文に載っていました。
M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)
次の図はこの論文に載っていた図をスケッチしたものです。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
5種類のチョウの口吻を並べたものです。手書きのスケッチなのでちょっと汚いのですが・・・。初め、口吻はストローみたいなものだと思っていたのですが、その考えは大きく違っていました。実は、口吻の先端には穴が開いていないのです。それではどうやって液体を吸うのかというと、口吻の先端に吸う領域があるのです。その吸う領域が2と書いてある部分です。領域1は普通の口吻の部分、領域3は穴が開いていない先端部分です。最初の2種については3に相当する部分がないので、見かけ上小さな穴が開いているのかもしれません。
この領域3があるかどうかは、チョウの行動に深く関係しています。上の2種は腐った実などから汁を吸います。これに対して、下の3種は訪花性です。訪花性のトラフアゲハについて、もう少し口吻を詳しく見てみます。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
これは口吻の先端部分を見たものですが、領域1では中心にdorsal legulaeという細かい葉のようなものが密に並んでいます。液体を吸う領域2では、このdorsal legulaeという葉の長さが長くなり、葉と葉の間に隙間が空いてきます。そして、領域3の末端ではdorsal legulaeがなくなり、先端には穴があいていません。さらに、領域1では疎水的、つまり、水をはじく性質を持っていますが、領域2と3は親水的、つまり水に濡れる性質を持っています。それでは、このdorsal legulaeとは何なのでしょうか。
(L. E. S. Eastham and Y. E. E. Eassa, "The Feeding Mechanism of the Butterfly Pieris brassicae L.", Phil. Trans. Roy. Soc. (London) ser. B. 659, 239, 1 (1955)から一部改変して転載)
これは以前にも出した口吻の断面の図です。次の論文に載っていました。
L. E. S. Eastham and Y. E. E. Eassa, "The Feeding Mechanism of the Butterfly Pieris brassicae L.", Phil. Trans. Roy. Soc. (London) ser. B. 659, 239, 1 (1955).
D. Manaenkova et al., "Butterfly proboscis: combining a drinking straw with a nanosponge facilitated diversification of feeding habits", J. R. Soc. Interface 9, 720 (2012). (ここからダウンロードできます)
つまり、大きな穴から一気に吸い込むのではなくて、dorsal legulae間の小さな隙間から上の図のように液体が染み込むように中に入っていくのです。こんな隙間が領域2全体に開いているので、先端に穴が1つ開いているよりは効率がよいのかもしれません。また、蜜のような液体だけを吸うのではなくて、濡れた地面から水を吸うときや腐った実から汁を吸い取る時などは、領域2をその濡れた面に押し付けて水分を取ることができるので、ストローで吸い取るよりは都合がよいかもしれません。Manaenkovaらはこの仕組みをナノスポンジという言葉で呼んでいます。つまり、先端はナノスポンジ、途中はミクロンサイズのfood canal、この2つを結び付けて効率よく吸っているという主張です。
口吻の領域2をもう少し拡大してみてみます。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
こんな感じの部分を水分のあるところに接触させて、水分を吸い取るのです。この部分には感覚子も分布しています。ところで、この部分はチョウの種類によって大きく変化します。
(M. S. Lehnert et al., "Structure of the Lepidopteran Proboscis in Relation to Feeding Guild", J. Morphol. 277, 167 (2016)から一部改変して転載)
これはLimenitis arthemis astyanaxというタテハチョウ科のチョウの口吻の先端近くで、領域1から領域2に移り変わる部分の模式図です。この蝶の場合は領域1はdorsal legulaeのlower branchが並んでいるのですが、領域2になるとupper branchが大きくなり全体を覆うようになります。さらに、その先端には枝分かれも見られます。また、大きな有柄感覚子が周りにずらりと並んで、複雑な様相を示しています。この感覚子がどんな役割を果たしているのか分かりませんが、蜜とは違い、一見水分のないようなものから水分を吸い取らなければならないのでその何等かの検出器なのかもしれません。
さて、口吻の中のfood canal内への水分の染み込みについては分かったのですが、これをどうやって体の中に運ぶのかは次の論文に載っていました。
S. C. Lee, B. H. Kim, and S. J. Lee, "Experimental analysis of the liquid-feeding mechanism of the
butterfly Pieris rapae", J. Exp. Biol. 217, 2013 (2014). (ここからダウンロードできます)
実は、口の奥にポンプを持っているのです。この論文では液体の中に小さな粒子を入れて口吻先端での液体の流れを測ったり、X線で頭部内部のポンプの動きを調べたりしています。このポンプの働きをまとめると次の図のようになります。
(S. C. Lee, B. H. Kim, and S. J. Lee, "Experimental analysis of the liquid-feeding mechanism of the
butterfly Pieris rapae", J. Exp. Biol. 217, 2013 (2014)から一部改変して転載)
口吻には口腔ポンプというポンプがついていて、これが膨張・収縮をすることで口吻から液体を吸い込みます。この時、ポンプにはちゃんと弁がついていて、膨張するときには上流の弁が開き、下流の弁が閉まります。収縮するときはその逆になります。この膨張・収縮の周期は365ミリ秒なのでかなり高速度で振動していることになります。口吻先端の液体の流れを観察していると、この膨張・収縮に対応して、液体の流れが変化することが観察されるので、口吻内での液体の上昇は単なる毛細管現象ではなくて、ポンプの作用で行われていることが分かります。
ということで、蝶・蛾が口吻でどのように液体を吸っているのかを調べてみました。ここまで調べてくると、それでは蚊とはどこが違うのかという疑問が湧いてきました。それで、蚊についても調べてみました。蚊の研究は非常に多いです。たぶん、痛くない注射器の開発などと関係しているからでしょう。これについては次の論文を参考にしました。
菊地謙次、寺田信幸、望月修、「蚊の吸血ポンプ特性評価」、生体医工学 46, 232 (2008). (ここからダウンロードできます)
M. K. Ramasubramanian, O. M. Barham, and V. Swaminathan, "Mechanics of a mosquito bite with
applications to microneedle design", Bioinspiration $ Biomimetics 3, 046001 (2008). (ここからpdfが直接ダウンロードできます)
(M. K. Ramasubramanian, O. M. Barham, and V. Swaminathan, "Mechanics of a mosquito bite with applications to microneedle design", Bioinspiration $ Biomimetics 3, 046001 (2008)から一部改変して転載)
まずは口吻ならぬ吸血針の先端の絵です。先端はまさに注射針と同じ格好をしています。つまり、斜めに裁断された面の中央に大きな穴が開いています。見るからにちょっと痛そうですね。でも、大きさは0.02mm程度なのでそれこそ蚊が刺すような痛みしかないのでしょうけど・・・。
ポンプについては次の本に載っていました。
R. E. Snodgrass, "The Anatomical Life of the Mosquito", Smithonian Institution (1959).(ここからダウンロードできます)
頭部には口腔ポンプと咽頭ポンプという2種類のポンプが連結していました。これらは互い違いに動きます。つまり口腔ポンプが収縮したときは咽頭ポンプが膨張し、口腔ポンプが膨張するときには咽頭ポンプが収縮して、吸った血液を食道に送るようです。何となく蝶よりは強力なポンプのようですね。たぶん、弁もあるのだと思うのですが、書いてなかったので省略しています。
ということで、蝶・蛾の吸水と蚊の吸血の仕組みを簡単に書いてみました。内容はそれほど難しいというわけではなかったのですが、絵を描くのがともかく大変で大変で・・・。でも、最近の研究成果も分かって、いい勉強になりました。
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