先日来、マンションの廊下の壁に止まっている小さなハエ。今回はこれを調べてみました。今回の検索はかなり怪しいので、出そうかどうか迷ったのですが、もう何日も抱えているし、とりあえず出すだけ出そうと思って書いてみました。
対象とするのはこんなハエです。検索項目が書き込んでありますが、気にしないでください。体長3mm。小さいといえば、小さいのですが、先日、体長1.3mmの
ミギワバエらしきハエの検索をした後なので、かなり大きく感じました。このくらいの大きさなら結構扱いやすいです。と言っても、翅を持ってあっちに向けたりこっちに向けたりしていたら、翅がぼろぼろになってしまいましたが・・・。
今回は「新訂原色昆虫大図鑑III」に載っている検索表を使って検索をしてみました。何度も何度も検索してみたのですが、最終的にはシロガネコバエ科という聞いたことのない科にたどり着いてしまいました。極めて怪しいのですが、その過程を見ていき、どこでどう迷ったのかも書いておこうと思います。まず、短角亜目無弁翅類であることは確かそうなので、その先の項目を順に書くと次のようになります。
全部で15項目ありますが、最初の①から⑥までの項目は特定の科を除外する項目なので、ここでは省略して、⑦以降の項目について写真で確かめていきたいと思います。検索の順番に見ていってもよいのですが、あっちの図、こっちの図と次々に図が変わっていって大変なので、部位別に書いていきます。まず、一番上の写真では⑧の体肢が長細くないというのを見ます。これはアシナガヤセバエ科などの細長い種を除外する項目です。私自身は見たことがありませんが・・・。
次は顔の拡大写真です。中央にある丸いのは触角第3節です。左側にあるのは口器です。ここでは触角第2節(硬節)の先端が突き出していないことを見ます。これはクチキバエ科でないことを確かめる項目です。次は前額幅が中庸。なんだか分かりませんが、対抗するニセミギワバエ科というのはきっと広いのでしょう。見てあまり違和感がないので、これはOKとしました。
触角が出たついでに触角刺毛も見てみました。まっすぐに伸びていますが、途中までは黒く太くなっています。ここが変わっているなと思いました。
次は口器の写真です。口器が特に大きいという感じもしなく、また、頬にも剛毛がないので、⑪はよいのでしょう。口の周りに生えているのは鬚剛毛ですが、向かって右側ははっきり写っているのに左側はほとんど写っていません。これは写真の焦点の問題です。この写真は顕微鏡の焦点位置を少しずつ変えながら、全部で40-50枚ほど撮って深度合成したものですが、鬚の先端まで写真に加えるかどうかで後で見たときに鬚が写っているかどうかが決まってしまいます。鬚の先端まで写していくと、どうしても枚数が多くなるので、それを省略するとこんな写真になってしまいます。
次は頭部の刺毛(剛毛)です。これは迷いに迷いました。実は、これは先日載せた写真とは別の個体の写真です。先ほども書きましたが、顕微鏡写真では刺毛がうまく写っていないこともあるので、今回は写真をプリントアウトして、鉛筆でなぞり、それを再びスキャナーで取り込みました。顕微鏡で見直したので、たぶん、大丈夫だと思うのですが、間違っているかもしれません。ここに出ている記号は以下の通りです。
ors: superior fronto-orbital setae 上額眼縁刺毛
ori: inferior fronto-orbital setae 下額眼縁刺毛
fr: frontal setae [fr s] 額刺毛
(orb: orbital setae) 眼縁刺毛
vti: inner vertical setae [i vt s] 内後頭刺毛
vte: outer vertical setae [o vt s] 外後頭刺毛
pvt: postocellar setae [poc s] 後単眼刺毛
oc: ocellar setae [oc s] 単眼刺毛
if: interfrontal setae 額内刺毛
ar: arista [ar] 触角刺毛
vi: vibrissa [vb] 鬚刺毛
刺毛の名前や省略法には流儀があるようで、文献によって結構違いがあります。一番迷ったのは(ori)と書いた刺毛です。内側に曲がっていますが、これを下額眼縁刺毛に入れるかどうかで迷ってしまいました。この辺りの刺毛の呼び方は結構難しくて私もよく分かりません。とりあえず分かっていることだけ書くと、複眼の内側は固くなっていてそれを前額眼縁板と呼んでいます。そこに生えている剛毛が額眼縁刺毛です。前額眼縁板が下までずっと続いている場合は何も問題がないのですが、途中で途切れてしまい、その下側では別の板状のものができている場合があります。この部分を前額板と呼んでいます。場合によると、前額眼縁板と前額板の間にも板状のものがあることがあって、これを中額板と呼ぶそうです。
ややこしいのは、その板の種類によって刺毛の呼び方が変化することです。一般には、前額眼縁板の背方にあるものを上額眼縁刺毛と呼び、下側にあるものを下額眼縁刺毛と呼んでいます。ややこしいのは、下側が前額板になっている場合で、なっていない場合の呼び方をそのまま継承していて、本来ならば前額板の上は額刺毛と呼ぶべきなのですが、そこに生える目立つ刺毛も下額眼縁刺毛と呼ぶことが慣習になっているようです。たぶん。ただ、人によっては前額眼縁板、前額板といっても基本的には同じものなので、そこ生える刺毛を眼縁刺毛とまとめて呼ぶべきだと書いてある論文もありました。
で、上の写真を見ると、前額眼縁板はくびれがなく下まで続いているようです。強いて言えば構造がなくはなさそうのなので、その場所を「(前額板)」を書いてみました。この前額眼縁板は下にいくほど太くなっていてその縁に内傾した太い刺毛が1対生えています。したがって、これはたぶん、下額眼縁刺毛と呼ぶべきだろうと思って「(ori)」と書いておきました。この判断が違うと検索では別の道に進んでしまいます。あまり自信はないのですが、とりあえずそう解釈しておきます。この刺毛、それほど確固として生えてくるものではなさそうで、orsと書いた刺毛は手前では3本、向こう側は2本になっています。
これは先日載せた別の個体での写真ですが、(ori)と思しき刺毛は2対あるようです。
とりあえず以上の解釈で検索項目を見てきます。まず⑪は側傾の額眼縁剛毛というのは外側に向いた刺毛のことを指すと思うのですが、このハエではありません。したがって、0なのでOKということになります。次は⑬で下額眼剛毛というのは先ほど問題にした(ori)と書いた剛毛で、内傾しています。したがって、OKです。最後は⑮で多数の整列されない額剛毛というのは上の写真でfrと書いた刺毛ではないかと思いました。だいぶ、怪しいのですが、こんなところでOKということにします。
次は翅脈です。⑧はR4+5とM1(M1+2)がほぼ平行かというところですが、ちょっと接近していますが、まぁ平行ということでしょう。⑩はsc切目を持っているかということで、はっきりした切目を持っています。
その切目の部分の拡大です。Sc脈がはっきり写っていて、⑦にあるように、R1とは独立に切目の中心向かって走り、途切れたC脈の先端に合流しています。⑫はR1の背の刺毛ですが、目立った刺毛はありません。強いて言えばC脈と合流する近傍で細かい毛が生えています。これがミクロトリキアなのかな。C脈を左に追いかけていくと、一時、脈が途切れます。これがh切目で、したがって、⑭はOKです。
次は翅の基部の拡大ですが、CuA、CuPと書かれた部分はややこしくなっています。CuAはM+Cuから分かれ、bm室の下辺を走ったあと、M脈への横脈と分かれて下に曲がり、ちょっと戻ってCuPと合流しているように見えます。このちょっと戻ってというところで引っかかりました。というのは、曲がり方があまりに小さいので⑫の「CuA脈は内彎しない」というのでよいのか、「内彎するのでcua室は先が尖る」という方を選ぶのか迷ったからです。ここで、cua室というのはCuAとCuPで囲まれた室です。後者を選ぶと、チーズバエ科になるのですが、画像検索をするとなんとなく雰囲気が違います。ということで、前者を選んだのですが、ここがちょっと気になりました。(
追記2016/12/18:CuA+CuPがこの写真のように根元部分だけの短い脈なのか、3つ上の写真のように翅縁近くまで届く長い脈なのかが判然としません。翅の折り目と脈の違いがぱっと見ではよく分からなくって・・・。もう一度調べてみます)
次は側面からの写真です。胸の側面を拡大してみます。
ついでに「大図鑑」を見ながら、部位の名前を書き入れたのですが、ここで見るのは⑮の上前側板に剛毛がないことです。この写真のように剛毛はないのでこれはOKです。
ということで一応曲がりなりにもすべての項目を調べて、シロガネコバエ科であることを確かめました。途中、怪しいところが何か所かありました。
1.まず、(ori)とした刺毛は本当にそれでよいのか。もしこれを下額眼縁刺毛ではないとすると、実は、セダカショウジョウバエ科になってしまいます。これは外見がだいぶ違うので大丈夫かなと思っていますが・・・。
2.次はCuAが内彎しているかどうかで、ここが内彎しているとすると、先ほども書いたチーズバエ科になります。
こんなにすっきりしたハエなのですが、ハエの検索は本当に難しいですね。特に各刺毛の定義が「大図鑑」でさえ、あいまいで(特に下額眼縁剛毛あたり)困りました。でも、いろいろと勉強になったことがプラスかな。