fc2ブログ

ガガンボの翅脈

先日から、三枝豊平氏が書かれたハエ目の翅脈の原稿を勉強してみようと頑張っています。

T. Saigusa, "A new interpretation of the wing venation of the order Diptera and its influence on the theory of the origin of the Diptera (Insecta: Homometabola)", 6th International Congress of Dipterogy, Fukuoka 2006. (ここからpdfがダウンロードできます)

この原稿はシリアゲムシ目のガガンボモドキ Bittacus sp. とハエ目のガガンボダマシ Trichocera sp.の相同性から、これまでハエ目で用いられてきた翅脈の呼び名が間違っていることを主張したものです。先日、シリアゲムシの翅脈の勉強をしたので、今度はハエ目のガガンボの翅脈を見ようと思って写真を撮ってみました。

なぜハエを調べるのにシリアゲムシなのかが不思議だったのですが、この両者は近縁なのですね。最近、こんな論文がでていました。

B. Misof et al., "Phylogenomics Resolves the Timing and Pattern of Insect Evolution", Science 346, 763 (2014).

この論文はネットでは公開されていないのですが、100名ほどの共同研究で、日本人研究者も含まれていたため、報道関係者への資料が載せられていました。論文の内容はゲノム情報で昆虫の高次系統関係を調べたものですが、この中でハエ目とシリアゲムシ目は今から2億4000万年前の三畳紀に分かれた兄弟関係にあることが書かれていました。

そこで、私の標本箱を覗いてみたのですが、ガガンボダマシの標本はありません。それで、ガガンボならどれも同じかなと思ってガガンボの標本写真を撮ってみました。



検索表で調べてみると、Tipula属であることは間違いなさそうです。それにしても随分簡単な翅脈です。これと先日撮ったホソマダラシリアゲの翅とを比べてみました。



こちらはだいぶ複雑です。どうやらガガンボモドキの翅脈はシリアゲムシと似ているのですが、ガガンボ科では翅脈がだいぶ簡略化されているようです。三枝氏の原稿では次の7項目で比較していくことになっています。

1)翅脈の幾何学的な類似
2)翅脈の凹凸
3)臀脈の位置に関するもの
4)claval furrowの位置と翅脈の関係
5)翅基骨片群との結合関係
6)気管と翅脈との関係
7)翅脈の構造

この最初の項目で引っかかってしまいました。

仕方なく、もう一つの論文

R. J. Wootton and A. R. Ennos, "The implications of function on the origin and homologies of the dipterous wing", Systematic Entomology 14, 507 (1989).

を読んでみることにしました。なかなかしっかりした主張を持った論文で、読んでいて面白かったです。翅脈に関しては、素人の目から見ると三枝氏の主張と同じに見えました。そこで、少しこの論文に沿って調べてみることにしました。

これまでに報告されたガガンボの翅脈の名称をざっと見ていきます。



これはTillyardが1919年に出したガガンボ科の翅脈です(ここからダウンロードできます)。後で問題となってくるのはCu2と書かれた部分です。



こちらはRoyal Entomological Society of Londonが1950年に出したHandbooks for the Identification of British Insectsに載せられていた名称を使って名前を付けてみました。Tillyardとまったく同じ方式で付けられています。



これはいつものMND(Manual of Nearctic Diptera)に載っている図を参考にしてつけました。太字の→で書かれているところが一つ前の図との違いです。この図でははっきりとは書かれていませんが、CuA2の次がA1になっているので、その間にCuPという脈のあることを示唆しています。Cu2とCuPの違いがありますが、基本的にはTillyardと同じで、CuA2のすぐ下にある「脈」をCuPとしているのでしょう。Sc2とR1+2あたりの違いは次の図のところで触れます。



これは「日本産水生昆虫」に載っていたもので、三枝氏の解釈に従っていると思われます。太字の→が随分増えました。先のMNDが世界的に普及している名称だとすると、日本で用いられている名称がいかに違うかよく分かると思います。R脈については以前のブログでも触れましたが、基本的にはTillyardの名称に戻っている感じです。Tillyardとの決定的な違いはTillyardがCu2としたものを翅脈とはみなしていないところです。従って、A1脈がCuP脈に、A2脈がA1脈に変わっています。また、MNDでCuA1脈とされていた脈がM4脈に戻っています。

先にあげたWoottonらの論文ではいくつかの根拠を挙げて議論しています。その結果は次の図でまとめられます。



問題となっているのはvena spuria(擬脈)?としているものです。この部分を顕微鏡で見ると、体液の通りうる脈ではなくて鋭く凹んで硬化しているだけに見えます。

ガガンボの翅ではC脈とSc脈は太いh脈(肩脈)で強固に結合し、これが翅の前側の骨格として役立っています。さらに、R脈もh脈とほぼ一直線につながり、その下のarculusというクチクラの塊と結合しています。一方、CuAとCuPもしっかりした脈で翅の後半部分の骨格になります。さらに、CuPの後ろ側にはclaval furrowという折り目があり、この部分で翅が折れるようになっています。その下には強固なA1脈が配置されています。これに対して、RとCu脈の間にあるRの分枝やM脈は細い脈で柔らかい翅の部分を作り上げています。擬脈がCu2あるいはCuP脈でないという一つの根拠はこの翅全体の骨格の配置を考えたものです。つまり、CuPのすぐ後ろにはclaval furrowがないといけないのです。この議論の続きはガガンボダマシの標本が見つかってからまた続けたいと思います。

Woottonの論文は翅の働きに注目して書かれていました。ちょっと面白いのでそのさわりを紹介します。Woottonが考えた、このような翅の構成は凧の骨格と紙の部分のような感じがします。でも、凧と違って昆虫の翅は羽ばたかなければいけません。従って、翅を下に振り下ろすときは翅を広く張って、上に振り上げるときは抵抗を小さくするために翅を折る必要があります。その折り目の一つがclaval furrowです。ハエ目の翅には普通、claval furrowの他に、jugal furrow、それにR脈とM脈の間の折り目、それから翅を横に折る折り目の4つがあります。一般に速く羽ばたくときにはclaval furrowとR-M折り目を使って翅をZ型にして翅を振り上げるのですが、ガガンボのように遅く羽ばたくものは横の折り目が使われるとのことです。そこで、横の折り目を調べてみます。



破線で示したところは翅脈が細くなって折れやすい感じがしました。先ほどのclaval furrowと合わせると次のようになります。



この2つの折り目を使ってどうやって翅を折りながら羽ばたくのかはちょっと分かりませんが、翅脈を考えるときに面白い観点だなと思いました。今日はここまでにしておきます。
スポンサーサイト



廊下のむし探検 ハチ、ハエ・・・

廊下のむし探検 第812弾

1月24日と27日の「廊下のむし探検」の結果です。こんな寒い時には何もいないのですが、習慣になって歩いています。



ちょっと変わったところではこんな虫がいました。大きさは2mm程度の小さな虫です。撮影した時はなんだか分からなかったのですが、拡大してみると意外に格好のいい虫です。触角が長くて節が多いので、たぶん、ハチでしょうね。翅の形が変わっているのと脈も変わっているので、タマバチ、○○クロバチあたりの画像検索をしてみたのですが、見つかりませんでした。さて、何でしょうね。





後は大きめのハエが止まっていました。金属光沢があるのでクロバエ科かなぁと思うのですが、如何にもハエなので採集する気もおきません。







やや小型のハエならちょこちょこいます。これもたぶん、クロバエ科かな。



いつもはたくさんいるクサギカメムシもこの時期になるとあまり見なくなります。



これも小さいのですが、ザトウムシの幼体でしょうね。



体に白い毛が生えた、このクモはこれまでも何回か見ているのですが、名前が分かりません。2日間でこれだけでした。今は虫の名前調べはいい加減で、翅脈の勉強に時間を取られています。
プロフィール

廊下のむし

Author:廊下のむし

カテゴリ
リンク
最新記事
最新コメント
カウンター
月別アーカイブ