廊下のむし探検 第795弾
昨日の「廊下のむし探検」の結果です。この日は茶色いクサカゲロウがいました。
こんなクサカゲロウです。顔をアップしてみます。
頬から頭盾側辺にかけての模様と口肢の外側が黒いので、たぶん、
ヤマトクサカゲロウだと思います。ところで、以前、MSWiさんが、「越冬する時に赤っぽくなるのはヤマトだけなのかな。っと思ったら、そうじゃなさそうですね。」というコメントをされたのが気になってちょっと調べてみました。そして、次の論文を見つけました。
[1] PETER DUELLI, JAMES B. JOHNSON, MARIO WALDBURGER, AND CHARLES S. HENRY, "A New Look at Adaptive Body Coloration and Color Change in "Common Green Lacewings" of the Genus Chrysoperla (Neuroptera: Chrysopidae)", ANNALS OF THE ENTOMOLOGICAL SOCIETY OF AMERICA 107, 382 (2014).
この論文によると、クサカゲロウの中でも Chrysoperla属の一部が茶色ないし赤色に変色するとのことです。色の変わる原因には次の3つがあるそうです。
1) Intraspecific Genetic Variation of Body Color(種内遺伝的な体色変化)
2) Obligatory Ontogenetic Color Change(強制的発生学的体色変化?)
3) Diapause-Associated Color Change(越冬に関係した体色変化)
1)と2)番目はよく分かりませんが、普通に起きるのは3)の越冬に関係した体色変化です。ただし、体色変化するのはすべての種ではなくて、C. carnea, C. pallida, C. nipponensisなど10種で、リストされている種の中の半分から1/3程度でした。なぜ一部の種だけ体色変化をするのでしょう。これについては、たいていのクサカゲロウは腹部に防御性の物質を分泌するところがあるのですが、Chrysoperla属にはないので、その代わりに落ち葉などに似た体色変化をするのだろうと書かれていました。(
追記2015/12/20:ついでに防御性物質についても調べてみました。次の論文に分析結果が載っていました。
[10] J. R. Aldrich et al., "Prothoracic gland semiochemicals of green lacewings", J. Chem. Ecol. 35, 1181 (2009).
これによると、主成分は(Z)-4-Tridecene、(Z,Z)-4,7-Tridecadiene、Skatole、(Z)-4-Undeceneなどで、このうち(Z)-4-Trideceneはすべての種で見られましたが、他の物質はかなり種特異性がありました。これらが防御に役立つかのどうかは分かりませんが、Skatoleは哺乳類の糞臭のもとになる物質なのでかなり臭いんでしょうね)
ところで、この論文の中で、C. nipponensisという学名の種があることに気が付きました。これに対して、私がいつも見ている本
[2] 塚口茂彦著、"Chrysopidae of Japan (Insecta, Neuroptera)"(1995).
ではC. carneaがヤマトクサカゲロウとなっています。ちょっと不思議に思ったので、調べてみました。塚口氏は次の論文を参考にして学名をつけていました。
[3] S. J. BROOKS & P. C. BARNARD, "The green lacewings of the world: a generic review (Neuroptera: Chrysopidae)", Bull. Br. nat. Hist. (Ent.) 59, 117 (1990). (
ここからダウンロードできます)
この論文の中ではC. nipponensisはC. carneaのシノニムということになっています。ところで、同じ著者の4年後の論文
[4] S.J. BROOKS, "A taxonomic review of the common green lacewing genus Chrysoperla (Neuroptera: Chrysopidae)", Bull. Br. nat. Hist. (Ent.) 63, 137 (1994). (
ここからダウンロードできます)
では、C. nipponensisとC. carneaとは、♂交尾器では区別がつかないが、外見では違いが見られるので別種とすべきだという主張に変わっていました。その違いをまとめてみると、次のようになります。
C. nipponensisとC. carneaの違い
1) 前者の段横脈(gradates)は黒色、これに対して、後者は緑色
2) 前者の前縁剛毛(Costal setae)は相対的に長いが、後者は一般的に短い
3) 前者の爪の基部膨脹部(basal dilation of the claw) は爪(claw hook)の約1/2、後者では1/3.
4) 前者の頬と頭盾側部は茶色ないし黒で強く着色するが、後者では淡い
5) 前者の前胸剛毛(prothoracic setae)は淡く、the acumen of the tignumは相対的に長いが、後者では黒く、短い
一番わかり易いのは段横脈の色です。上の写真を見ると、この個体では黒いので、これはC. nipponensisということになります。ところで、日本にいるのはC. nipponensisということになるので、これをヤマトクサカゲロウと呼ぶのが適当ということのようです。
話はまだ続きます。実は、クサカゲロウの幼虫はアブラムシを食します。Chrysoperla属は特に多く食べるので、導入天敵として外国産が日本に導入されていました。その導入された種がドイツ産のC. carneaだったのです(こちらをヒメクサカゲロウと呼んでいるようです)。そうでなくても日本産のヤマトクサカゲロウには2種いるとされ、A型とB型と呼ばれていました。しかし、この近縁の外国種が導入されたことでさらにややこしくなりました。この辺りをミトコンドリアのチトクロームオキシダーゼの遺伝子配列で調べた論文が出ていました。
[5] NAOTO HARUYAMA, HIDESHI NAKA, ATSUSHI MOCHIZUKI, AND MASASHI NOMURA, "Mitochondrial Phylogeny of Cryptic Species of the Lacewing Chrysoperla nipponensis (Neuroptera: Chrysopidae) in Japan", ANNALS OF THE ENTOMOLOGICAL SOCIETY OF AMERICA 101, 972 (2008).
この論文によると、B型は単一種と見られますが、A型はさらに2つに分かれ、一方はC. carneaに近く(A2)、もう一方はB型に近いそうです(A1)。ただし、A型の2つの型の個体は交配するので同一種とみなせるとのことです。ところで、こういう微妙な種の違いをどうやって見分けたら良いのかについては次の論文が参考になります。
[6] Charles S. Henry and Marta M. Wells, "Can What We Don't Know About Lacewing Systematics Hurt Us? A Cautionary Tale About Mass Rearing and Release of 'Chrysoperla carnea' (Neuroptera: Chrysopidae)", American Entomologist 53, 42 (2007). (
ここからダウンロードできます)
C. carneaの仲間は世界中に広く分布しています。お互いに外見的な違いは僅かなのですが、実は「鳴き声」はかなり種によって違っています。鳴くといっても口で鳴くわけではなくて、
腹を上下させて床を叩いて音を出すみたいです。周波数は数十Hz、これがだいたい1秒間隔で強くなったり弱くなったりします。声というよりは音ですね。♂も♀も音を出し、2匹でデュエットを奏でます。つまり、この鳴き声で互いを見分けているのです。実際、論文[5] でも、鳴き声のタイプ(song type)を調べているのですが、C. carnea、C. nipponensis A、C. nipponensis Bの3つは明らかに異なる鳴き声をしています。ところが、ミトコンドリア遺伝子で分かれたC. nipponensis A1とA2は全く同じ鳴き声だったそうです。
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追記2015/12/19:鳴き声の話は面白いですね。こんな論文も見つけました。
[9] C. S. Henry et al., "Courtship Songs of Chrysoperla nipponensis (Neuroptera: Chrysopidae) Delineate Two Distinct Biological Species in Eastern Asia", ANNALS OF THE ENTOMOLOGICAL SOCIETY OF AMERICA 102, 747 (2009).
これは鳴き声の専門家Henry氏とミトコンドリア遺伝子でC. nipponensisを調べた望月氏らの共同研究で、C. nipponensisのA1、A2、BとC. carneaの鳴き声の解析です。結果は論文[6]と同じなのですが、♂と♀のデュエットの様子も記録されていて面白いです。結論的には、C. nipponensis A1とA2は先祖の遺伝的多型によるもので同種だろうということ、AとBは別種でAの方が先にC. nipponensisという名前で記載されたので、厳密な意味でAがC. nipponensis、Bは未記載種とするのがよいということです)
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追記2015/12/19:こうなるとヤマトか未記載種かの判断が鳴き声でしかできないことになりますね。塚口氏[2]によると、AとBは幼虫では頭部の斑紋などで明らかに区別できるようです。さらに、Aは日本全土に分布しているが、Bは7月と8月に出現し、長野県で得られているだけとのことです。ただ、一度、兵庫県でも得られたというので、どちらかという判断は成虫ではやはり難しそうです。鳴き声ってどう調べるのかなぁ)
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追記2015/12/20:Henryが初期に行った鳴き声を記録する実験装置が次の論文に載っていました。
C. S. Henry, "Acoustical Communication During Courtship and Mating in the Green Lacewing Chrysopa carnea (Neuroptera: Chrysopidae)", Entmol. Soc. Am. 72, 68 (1979).(ここからpdfがダウンロードできます)
コップにクサカゲロウの♂か♀を入れておき、上にサランラップで蓋をします。このラップの一部に小さな穴をあけて、その穴を通して上から別の個体を入れた網製の入れ物を吊るします。近くに置かれた個体に反応してクサカゲロウがサランラップ上で音をだすと、後はレコードと同じようにその音をピックアップで検出します。つまり、針金をサランランプに取り付け、その振動をセラミックのトランスデューサーで検出し、オシロスコープに出すという仕組みです。上の論文に絵が載っていますので、それを見るとよく分かります)
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追記2016/03/23:菅井 桃李さんから、「ヤマトクサカゲロウtype Bとされてきたものですが、現在はクロズヤマトクサカゲロウChrysoperla nigrocapitata Henry et al. 2015として独立種になりました。今まで長野県の山地で見られたものもヤマトクサカゲロウと言えたのですが、幼虫はクロズヤマトクサカゲロウの方しか確認できてないので、成虫もそうなのかもしれない状況になってしまいました。クロズは分布が北方系な感じですから、西日本や関東平野では自然分布は無いと思うのですが、外見の差が殆ど無いので山地や北日本で新たな産地が見付からないとも限らないでしょうね。」というコメントを頂きました。早速、調べてみると、次の論文に載っていました。
C. S. Henry, S. J. Brooks, J. B. Johnson, N. Haruyama, P. Duelli and A. Mochizuki, "A new East-Asian species in the Chrysoperla carnea-group of cryptic lacewing species (Neuroptera: Chrysopidae) based on distinct larval morphology and a unique courtship song", Zootaxa 3918, 194-208 (2015). (ここからダウンロードできます)
ざっと読んでみると、成虫ではRs-Psmの第2横脈の色、翅の幅と長さあたりが区別点ですが、何となくはっきりしません。やはり幼虫か鳴き声でということになりそうですね。クロズの分布は日本、韓国となっていますが、採集された個体は北によっている感じです。私の住む近畿では従来通りヤマトで良いのかなぁ)
最後はどうして緑色の体が茶色や赤になるのかについてですが、これについて直接的に書かれた論文は見つかりませんでした。ただ、イトトンボ、バッタについては論文が見つかりました。
[7] J.E.N. Veron, A.F. O'Farrell, B. Dixon, "The fine structure of odonata chromatophores", Tissue and Cell 6, 613 (1974).
[8] B. K. FILSHIE, M. F. DAY, and E. H. MERCER, "COLOUR AND COLOUR CHANGE IN THE GRASSHOPPER, KOSCIUSCOLA TRISTIS", J. Insect Physiol. 21, 1763 (1975).
これらはいずれも水色ないし青色の体色が茶色に変わるもので、温度や光により変化するとのことです。従って、越冬とは直接関係はないのですが、体色変化の機構は似通っているかもしれません。いずれも表皮細胞に微小な粒子がたくさん詰まっていていて、それで青色をつくっているのですが、茶色になる時はその中に黒色のメラニン顆粒が入り込んで来るというものです。顆粒や粒子の混じり方で色が変化するので可変であり、また、変化の速度も速いようです。
ということで、クサカゲロウについていろいろと調べてみました。
最後に同じChrysoperla属でも体色変化しないと思われるスズキクサカゲロウもいました。