「廊下のむし探検」とは直接関係はないのですが、先日、
イチョウの葉が黄色になる理由を調べたので、ついでにモミジの葉が赤くなる理由をもう少し詳しく調べてみました。
(1) 北原晴男、「物質合成から見た紅葉」、弘前大学教育学部教科教育研究紀要 25, 35 (1997). (
ここからダウンロードできます)
(2) 大谷俊二、「紅葉の化学」、化学と生物 23, 701 (1985). (
ここからダウンロードできます)
(3) T. Iwashina, "Detection and Distribution of Chrysanthemin and Idaein in Autumn Leaves of Plants by High Performance Liquid Chromatography", Ann. Tsukuba Bot. Gard. 15, 1 (1996). (
ここからダウンロードできます)
(4) T. Iwashina and Y. Murai, "Quantative Variation of Anthocyanins and Other Flavonoids in Autumn Leaves of Acer palmatum", Buu. Natl. Mus. Nat. Sci. B34, 53 (2008). (
ここからダウンロードできます)
(5) 中島淳一郎ほか、「アントシアニン生合成の生化学―酵素反応機構解明における最近の進歩」、たんぱく質拡散酵素 47, 217 (2002). (
ここからpdfが直接ダウンロードできます)
こんな論文を読んでみました。まだ詳しくはよく分からないのですが、分かったことを少しだけ書いてみます。
この間、イチョウとモミジを例に葉が
赤や黄色になる理由を説明しました。葉の中には葉緑素(クロロフィル)があって、光のエネルギーと二酸化炭素、水を材料にして光合成を行い、酸素と糖を作っています。陽が十分にあたり、気温の高い季節ならよいのですが、秋になって陽が弱くなり、気温も低くなると、光合成の効率も下がり、葉を維持するのが困難になってきます。そうすると、葉緑素を含む葉緑体を維持するのも困難になり、葉緑素が分解されていきます。さらに、葉の根元にコルク層による離層ができ、水や栄養の行き来を止めてしまいます。葉には緑色の葉緑素と黄色のカロチノイドが約8:1の割で含まれています。カロチノイドにはカロチン類とキサントフィル類という種類があるのですが、葉にあるのは主にキサントフィル類のルテインです。葉緑素が分解されていくと、その黄色のカロチノイドが残り、葉は黄色になっていきます。これがイチョウの黄葉の色になります。
葉緑素が減少し、離層ができると、残った葉緑素による光合成が進み、葉の中の糖の濃度が高くなってきます。それと同時にアントシアニンという赤い色素が大量に作られ始めます。そうなると、黄色のカロチノイドと赤いアントシアニンにより葉が赤くなるという仕組みになっています。文献(4)には、イロハモミジの葉の色素の量を測定した結果が載っていました。概略を図に表すと次のようになります。
11月になるとクロロフィルは急激に減少し始めます。これに対して、カロチノイドは緩やかに減少し始めます。これと拮抗するように11月に入るころからアントシアニンが急激に増加し始め、11月後半になると、ほとんど、アントシアニンとわずかに残ったカロチノイドばかりになり、綺麗な赤い紅葉になるというわけです。
ところで、アントシアニンにもいろいろな種類があるのですが、秋になり葉の中で作られるのはクリサンテミンというアントシアニンが大部分で、そのほかにもイデインというアントシアニン色素が見出されています。この二つの色素の構造式を書くと次のようになります。
ほとんど同じなのですが、右下にあるOHの向きが違っているだけです。植物の種類によって、クリサンテミンが主流になっている葉やイデインが主流になっている葉があります。それを測定したのが文献(3)です。この論文ではいろいろな植物の葉に含まれるアントシアニン色素を高速液体クロマトグラフィーという手法で分析しました。論文には詳細な数値が載っているのですが、概念的にまとめると次のようになります。
カエデなど大多数はクリサンテミンの赤い色が紅葉のもとになっていますが、ナナカマドやハゼノキなどではイデインが主体になっています。この2種以外のアントシアニンによる紅葉もあり、リョウブなどがそれに当たります。そのほかにもこれらのアントシアニン色素が混じっている種もあります。面白いのはブルーベリーで、この紅葉にはいくつかのアントシアニン色素が均等に混じっているようです。
このようなアントシアニンが葉の中でどのように作られるかは文献(1)、(2)、(5)に書かれていました。大変複雑な過程なのですが、この間、BKChemというフリーソフトをダウンロードしたので、それを使っていたら面白くなって次々と描いてしまいました。その成果が次の絵です。
これみんな描いたのですよ。出発点はフェニルアラニンというアミノ酸とマロニルCoAという物質です。CoAというのは補酵素Aのことで、酵素にゆるく結合して酵素反応を助ける働きをします。いくつかの過程を経て、最終的にはシアニジンになり、さらに、それがクリサンテミンになります。シアニジンはアントシアニジンの1種です。矢印のところに書いてあるのが酵素の略号です。いくつもの酵素が関与していることが分かります。シアニジンとクリサンテミンだけ赤い色を付けているのは共に赤い色をした色素だからです。クリサンテミンはシアニジンにブドウ糖がついた格好をしています。それで、葉にある糖分が関係するわけです。シアニジンは色はついているのですが、水には難溶で、ブドウ糖がつくと水溶性のクリサンテミンになります。そうなると葉全体に色素が行き渡るようになるわけです。ブドウ糖の代わりにガラクトースという糖がつくとイデインになります。
このような反応がどうしたら促進されるかは紅葉がどのような条件で綺麗になるかということに深く関わっていると思われます。綺麗な紅葉ができるには、昼間に陽がよく当たり、夜間は気温が5度~10度に下がることが必要で、0度まで下がると黒い葉に、15度だと黄色の葉になるそうです[1]。また、葉の糖分濃度が十分に高くなることも必要だと言われています。しかし、こうした紅葉の条件と具体的な反応との関係はまだはっきりとはしていないようです。一方、なぜ赤くなるかという生物的な意味についても研究がなされています。紅葉は減少してきた葉緑素に光が直接当たることによる損傷を防ぐというのが最近の説のようです。これについてはまた別の機会にでも書くことにします。